――まただ…
「月、これなのだが…」
「…ん?ああ、それはね、」
夜神さんが差し出す資料に目を通しながら、月くんが色々と説明を繰り返す。
「ありがとう、月。途中で手を止めてしまってすまない。」
「ううん。気にしないで。」
そして夜神さんが離れたところで、月くんは、小さくため息を吐いた。
話している間、密かにずっと握っていた手錠から、そっと力を抜きながら――…
2.傷つく事は恐くない、けれど。
いつからかは解からない。
私が気付いた時にはすでにそうだった。
月くんは、自分の父親と話すときだけ、私と繋がっている左腕の手錠に触れる。
「どうしてなんですか?」
ただの偶然とは思えなかった。
確実に彼は、意図的に手錠を握り締めていた。
「………やっぱり、気付かれた?」
「はい。松田なら解かりませんが、そのうち夜神さん本人もお気付きになるでしょう。」
「……だろうね。」
「何故…?」
手錠で繋がれても不自由のないような、大きなベッドのある私たちの寝室。
2人きりになれるその場所で、私はとうとう訊いてみた。
別に、他の者がいる時に訊いても良かったのかも知れない。
だがなんとなく、2人の時に訊いた方がいいような気がして、私はそうした。
「わざとやってるわけじゃないんだ。――今は、ね…」
「今は?前はわざとだったんですか?」
「初めのうちはね。
でも、今ではクセ付いたみたいに、つい手が勝手に動いてしまうんだよ。」
「…理由がある、と?」
「…………」
いつもは、私を真っ直ぐに見返す力強い彼の眸なのに、
その時は、今にも消え入りそうな灯火のように、弱々しく揺れていた。
「――解かってはいるんだ。仕方がなかったんだって、頭では解かって……」
「何が、ですか…?」
「……怖いんだ。父さんと話すのが。
怖くて、堪らないんだよ…」
「え…?」
「身体がね、勝手に震えそうになるんだ。あの時のことを思い出して……」
「あの時…?」
「僕とミサを解放させるためにやった、あれだよ。」
「あ、あれ…ですか。」
夜神月と弥海砂、両者を監禁から解放するために、私が出した条件。
例の迫真の演技が、彼を怯えさせていた…?
「そ、それで、何故手錠を…?」
「君と繋がっているから。」
「私と…?」
「僕はひとりじゃないって、ちゃんと解かるから。
もし父さんと2人になったら、僕はきっと……」
怖くて泣き叫んでしまうかもしれない、と小さな声で彼は云った。
その姿は、怯えた子どもそのものだった――
「りゅ、竜崎…?」
「――すみませんでした……」
気付けば私は、彼を強く抱きしめていた。
しがみ付いていたといった方が正しいかもしれない。
「すみません……すみま、せん……」
「え?な、何で…
――何で、竜崎が泣くの?」
「解かりません。でも、ごめんなさい。本当に、すみませんでした…」
「竜崎…?」
私が泣くのは間違っているのだろう。
解かっているが、涙は止められなかった。
私の口からは、謝罪の言葉しか出てこなかった。
彼の云う通り、仕方のないことだった。
それでも、結果的に私は彼を傷つけてしまった。
――誰よりも大切にしたいヒトなのに…
好きなヒトを傷つけるというのは、こんなにも辛いモノなのか……
「ごめんなさいっ…うぅ……すみま、せんでした……」
「竜崎、解かったから。な?だから、泣くなよ?」
「はい…はい…すみません……」
「ごめん、やっぱり云うべきじゃなかった。君を責めたわけじゃないんだ。」
「解かって、います。……私が訊いたんです、貴方は悪くありません。」
「でも…」
彼は強いから、どこかで大丈夫だと私は思っていたのかもしれない。
しかし、自分の父親に殺されそうになるなんて、傷つかないはずがないではないか。
今まで平気な顔をしていたので気付けなかった。
私と繋がっている手錠に触れることで、私に助けを求めていたというのに……
「本当に、すみませんでした……」
「竜崎…」
しがみ付く私の背中を、彼は優しく撫で続けてくれた。
慰めるべきは自分のはずなのに、情けない。
申し訳なくて、もう一度謝ろうと顔を上げた所で、
私は顔中に変な痛みを感じた。
「ひゃ、ひゃひほふん…?」
「あははっ!面白い顔だな、竜崎!傑作!」
「ひゃひお…?」
声を発しているのだけど、空気が抜けてしまい、うまく言葉にならない。
それもそのはず、私の顔は、月くんの両手によって、珍妙な方向へと引っ張られているのだった。
「いはひひぇふほ。」
「何て云ってるか解からないよ?」
「はっひゃら、ほのひぇほはなひへふだはい。」
「何だって?」
再び声高く笑いながら、彼はまた違った方向へ私の顔を引っ張って楽しんでいる。
おそらく私の云っていることを、難なく解かっているのだろうに。
しばらくして笑い止んだ彼は、限界まで私の頬を引っ張ってから、手を離した。
「元々変な顔なのに、引っ張るとまた変な顔だったぞ。」
「……酷いです。こんなことして、楽しいですか?」
「うん。楽しかったよ。」
「そうですか。」
何か腑に落ちない。
一回は一回、という私の信念の元、やり返さなければ気が済まない。
「覚悟はいいですか?月く、」
「――竜崎。」
「え?何ですか?」
さっそくやり返してやろうと手を伸ばそうとした所、ふいに真剣な顔で彼は私を見た。
その目はいつも通りの、力強い彼の眸。
「これで僕は満足した。」
「貴方が満足しても、私は満足できていません。」
だからやり返します、と云いながら手を上げると、その手を彼は両手で掴んできた。
温かい彼の両手。
「――だから、もう謝らないでくれ。」
「…………」
「自分を責めるのも止めるんだ。解かったか?」
ずるい…
こんなやり方は卑怯だ。
――私の好きなヒトは、どうしてこんなにも優しいのだろうか。
「…本当にズルイヒトです。
もっと好きになってしまいましたよ……」
「ん?何?」
「いいえ。何でもありませんよ。」
私の小さな告白は、今度は本当に聞こえなかったのだろう。
しかし、それでいい。
これ以上弱みを見せ続けるのは、悔しいから。
――もう二度と傷つけない。
私は決意した。
たとえ自分自身が傷ついたとしても、彼を傷つける事は決してしない。
傷つくよりも、傷つける事の方が怖いと知った今では、絶対に…
その日を境に、彼は父親との会話中に手錠に触れなくなった。
その代わりに…
「月、これでよかったか?」
「ん?ああ、ありがとう。それでいいんだよ。――ククッ…」
「どうしたんだ、月?急に笑いだして?」
「い、いや…ごめん、父さん。何でも、ないよ…クッ…」
「?」
「…………」
ちらちらと彼から感じる視線。
普段なら嬉しいそれも、この時ばかりは不快でしょうがない。
「フフッ…はははっ…」
「月くん!いい加減に、思い出し笑いは止めてください!!」
「だって、りゅ、竜崎…!あっはは!」
「月くん!!」
彼は、手錠に触れない代わりに、あの時の私の顔を思い出して笑うようになった。
怯えているよりは何倍も良いことだが、それでも…
「あははっ!!もう、傑作だったよね、ホント!」
「もう知りません!勝手にひとりで笑っててください!」
「ごめんって。もう笑わないから、な?」
「…とかいって、まだ顔がニヤけていますよ!」
「だってっ…!ククッ…!もうホント、竜崎って楽しいんだから!」
「~~~っ!!」
やっぱり腑に落ちない。
今夜、絶対にやり返してやろうと復讐を誓いながら、
私はいつも以上に甘くした紅茶を、一気に飲み干した。
所詮、私にどシリアスなんて書けないのさ。
あえて、何をやり返すかを書いてません。
ナニかな~?(笑)
...20050509
×おしまい