絶望が降り注ぐ…
「どうしました、夜神くん?」
「…なんでもないよ、流河。」
静かな教室で、温かい木漏れ日を受けながら、僕はゆっくりと振り返った。
そこには穏やかな絶望が、僕に顔を向けていた。
3.声に出して言うのは簡単でも
授業が終わり、他の生徒達はいそいそと次の教室へと向かっていった。
そんな中、僕は誘ってきた友人たちに断りを入れて、この教室に残った。
当然のようにその場には、流河も残っていた。
「行かないんですか?次の授業、始まりますよ?」
「君こそ行かないの?」
「私は別に、授業を授けるために、この学校にいるわけではありませんから。」
温かい日差しが、教室に降り注ぐ。
この男を好きだと自覚した僕にとっては、まるで絶望を知らせる光のようだと思った。
「――そう云うと思った。」
「……つまりは、解かっていて、私と2人きりになりたくて残った、と?」
「…………」
僕は何も答えずに、流河に微笑んでやる事でその問いに答えた。
そんな僕の態度を、流河は困惑して受け止めたようだ。
僕の行動が解からない、とでも云いたげな顔であった。
「おかしいかな?」
「……はっきり云って、怖いです。」
「何が?」
「……素直すぎる、貴方が。」
「素直、かな?」
「私を喜ばせるようなことをいう夜神くんは、十分素直です。」
そう云いながら、流河は立ち上がり、僕の隣に立った。
窓の外を眺めるように立っていた僕は、静かに流河を見返す。
この男と2人でいる、今の空間が心地よい…
此処は捜査本部ではなく、学校。
事件とはかけ離れた、否、事件を忘れられる不思議な空間だった。
そんな空間に、僕は今、好きだと認めた男と2人でいる。
とても幸せで、安らげる時間。
――それと同時に、絶望を思い知らされる時間でもあった。
「――何、勘違いしてるの?」
「え…?」
「僕は別に、君を喜ばせる為に2人きりになりたかったわけじゃない。」
「…と、云いますと?」
「必要以上に僕に付き纏うの、止めてもらいたいんだ。
此処は捜査本部じゃない、学校なんだ。
そして僕も君も学生であり、探偵でも容疑者候補でもない。」
「それを伝える為に、残ったのですか?」
「……そうだよ。」
この男との勝負に、負けは許されない。
キラは決して、Lに負けてはならないんだ。
だから僕は、穏やかな絶望を突き放す。
お前と言う温かな絶望を、僕は受け入れる事はないんだ。
…たとえ、望んでいたとしても。
嘲笑うように流河の目を覗き込む。
すると流河は、驚いたように目を見開いた。
しかし次の瞬間には、不快げに眉を顰めていた。
その変化がますます可笑しくて、僕はより一層笑みを深くした。
「――嘘はいけませんね。」
「嘘なんか…、んっ…」
不意に、流河の手が乱暴に僕の顎を捉え、無理やりに口付けられた。
子犬が噛み付くようなその口付けは、
流河の激情をぶつけられるように、とても熱かった。
「何をするんだ!」
「キスですよ。」
知らないんですか、と不可思議そうに流河は小首を傾げた。
「そんなことを訊いてるんじゃない!」
「解かっていますよ。――でも、怒ることではないでしょう?
いつもしているじゃないですか。」
今更ですよ。
そう云って彼は、再び僕の唇に自分のそれを重ねてきた。
今度のキスは、深く、優しかった。
心地よい絶望が、僕を誘惑する。
隔絶されたこの空間に、ほんの一時でも逃げるように、僕はそっと目を閉じた。
好きだと伝えるのは何よりも簡単だ。
しかしそれは、僕の敗北を意味していることに他ならない。
だから僕は、何も言わない。
それは、絶望だから。
...20050523
×おしまい