「――明日、人類は全滅するらしいですよ。」
いつもと変わらないしぐさで、いつもと変わらないとっても甘いコーヒーを啜る竜崎が不意に云った。
まるで、天気の話でもするかのような口調。
急に呼び出されたことで、とてつもなく不機嫌だった僕は、すっかり毒気が抜かれてしまった。
だって、人類滅亡だなんて。
前に似たようなことを唱えた者が、何人笑い者になったと思ってるんだ?
呆れた眼差しをそのまま竜崎に送る。
しかし、竜崎にふざけた様子はなく、いつもと変わらない座り方で相変わらずコーヒーを啜っているのだった。
9.二度と逢うことも無いだろうと君は呟く
いつまでも変わりない、竜崎の態度に合わせていても仕様がないので、僕は仕方なく質問してみた。
「どうして人類は滅亡するんだ?」
「彗星の衝突による、地球崩壊のためです。
地球がなくなってしまえば、我々人類はどう足掻こうとも、生きてはいけませんからね。」
誰かの予言などという、確証のないつまらない戯言ではない、意外に正当性のある答え。
しかしそれくらいならある程度の人間でも答えられるモノなので、僕は更に質問を続けてみた。
「それって、どこからの情報なの?まさか、ネットで見たなんて云わないよな?」
キラ、Lについて、様々なでたらめな憶測が飛び回る、最も信憑性のない情報源。
まさか、Lを名乗るこいつが、素直にそんな嘘に踊らされるとは思っていない。
しかしこいつは、暇つぶしにそういった話を、本気テイストで持ち出してこないとも限らないのだ。
親睦を深めるテニスなんかもしたおかげか、僕はすっかり竜崎の性質を認識していた。
ただ、“認識”はできても、“理解”は到底できそうもないが…
「ネットなんかじゃないですよ。
NASAから各国首脳に連絡が入り、どうすればいいのか、Lである私に連絡が入ったんです。」
「ふーん。それで?」
「世界にその情報を流せば、当然パニックに陥る。彼らにも、その程度は解かっているようです。
では、具体的にどうすればいいのか…。
彗星衝突を回避するために、何か策はないだろうか、とかなんとか、たくさん訊かれました。
今からちょうど、2ヶ月前の話です。」
「へえ、そう…」
「信じられませんか?でも、事実なんです。
彗星の名前は、レッグ・チュハチコア彗星。
今までは、冥王星と海王星の引力により、地球まで到達できなかったものです。
しかし、月くんもご存知かと思いますが、近年その2つの惑星はとうとう位置が逆転してしまいました。
それにより、引力のバランスが崩れ、レッグ・チュハチコア彗星はまっすぐ地球に向かっています。
明日の、日の出時刻前ですかね。彗星が到達するのは。
木星の約3倍ほどの大きさを有するその彗星は、この星を通過してから、太陽にぶつかります。
地球ほど脆くない太陽は、きっと持ち堪えるでしょう。」
「…………」
まあその前に全滅してしまう私たちには、まったく関係ない話ですけどね、などと云いながら、
カップの底に残ったコーヒーの雫を舐めとる竜崎に、僕は何て声を掛ければいいのか迷った。
まさか、今の話は真実なのか?
本当に、地球は崩壊してしまうというのだろうか。
こいつはLだ。
もし地球が滅亡するとして、
世界が切り札としているLに、彗星から逃れるための策を仰ぐというのは十分あり得る話だ。
しかし、だからといってこのまま素直に信じられるほど、僕はこいつを信用していない。
とはいえ、こんなくだらない嘘を、こんなに回りくどく吐く必要が感じられない。
どっちを信じればいいのか判断に迷い、
僕の頭は、難しい問題を解く時のように(滅多にないけど)ずんと重くなった。
とりあえず、すっかり冷めてしまった適当な甘さのコーヒーを、自分を落ち着けるように一口啜る。
適度な苦味が、口の中いっぱいに広がった。
「だから、こんなに朝早くから、月くんを呼び出してしまいました。
迷惑だとは思ったのですが…スミマセン。
最期の朝日を、どうしても貴方と一緒に見たかったんです。」
「最期…」
「ええ。太陽は在り続けるとしても、
私たちがその姿を見られるのは、今日が最期ですからね。」
「…………」
確かに呼び出されたのは、空が薄っすらと明るくなってきた時刻だった。
それも、朝日を見るためというのなら、納得できる。
「ああ、ほら。
――日が昇り始めましたよ。」
ホテルの最上階の、大きな窓から臨む朝日。
ビル郡の合間から顔を出し始めた太陽は、間延びした影を僕らに翳し、その存在を知らしめた。
「奇麗ですね。」
「ああ…、そうだな。」
「宇宙から見える太陽は、これとは比べ物にならないくらい、それはそれは美しいんですよ。」
「見たことあるの?」
「いえ、ありませんけどね。そういう話を聞いただけです。」
「そうか…。一度、見てみたいな。」
「……見に行きますか?」
「間に合わないだろう?明日、彗星がぶつかるんだ。
1日で急にロケットの準備なんて、できるわけがない。」
「そうでしたね。残念です。
貴方の喜ぶ顔が、見たかったのに。」
「フフ…。それはそれは、残念だったね。」
そんなことを話している間に、太陽は完全に姿を現していた。
最期の日の出が見られたのかと思うと、晴れ晴れとした気持ちになった。
一緒に見たいと云ってくれた竜崎に、少しだけ感謝した。
「ところで、Lである君は、各国首脳の方々に、結局どんな忠告したんだい?」
「いえ、特に何も。
ただ、『それでしたら、みんな仲良く死ぬしかないですね』と云っておきました。」
今からじゃ何をしても無駄ですから、と竜崎は付け加える。
僕もまったくそのとおりだと思ったから、黙ってコーヒーを最後の一滴まで飲み干した。
「月くんは、今日はこれから、どうお過ごしになられるおつもりですか?」
「ん?そうだなぁ…。
今日は君のおかげで予定が潰れたから、迷惑でなければ、竜崎と話でもしようと思ってる。」
「明日は地球が崩壊してしまうのに、それでいいんですか?」
「いいんじゃないか?君とは、まだまだ話したいことがたくさんあるからね。
それに、彗星の話を聞いていなかったとしても、どうせ今日は君と一緒に過ごしただろうからさ。
いつも通りでいいよ。」
竜崎は、元からまんまるい目を更に円くして、驚いている。
そしてすぐに口元をにたぁと緩めて、見た目不気味な笑顔を浮かべた。
慣れないヒトには解からないが、これでも喜んでいるのだ。
別に喜ばせるようなことを云った覚えはなかったが、喜んでいるのだからそのままでいいだろう。
最期の日くらい、怒らないでいてあげるんだ。
「……光栄です。
月くんにそう云って頂けるなんて、私、今地球が崩壊しても後悔なんてありません。」
「おいおい、本当にいいのか?
死ぬ前にキラを捕まえたいとか、なんとかないのか、L?」
あえて“竜崎”ではなく、“L”と呼んでからかってみる。
すると竜崎は、ひたと僕と目を合わせると、存外真面目な顔をして云った。
「私の中での優先順位は、いつでも月くんが一番ですよ?
例え私がLであっても、1人の人間として、愛するヒトと一緒に過ごして何が悪いんですか?」
「…………」
「もとより、今日は1日中、月くんとセックスをして過ごそうと決めていましたからね。
今日ばかりは、Lも臨時休業です。」
「………最低…」
「なに、いつもどおりですよ。」
にっこり、また不気味に微笑む竜崎。
少しだけ、本当に少しだけ、ときめいてしまった胸を誤魔化すように、僕は竜崎を口汚く罵った。
ストレートな物言いの竜崎に、慣れているはずなのに、今日は何故だか目頭が熱い。
きっと、寝不足のせいだ。
そうに違いない。
「月くん…」
「ん…」
いつの間にか僕の隣に移動していた竜崎に、優しく唇を塞がれる。
そのまま素直に押し倒されたのは、重力を感じられるのも今日が最期だと思ったからだ。
決して、こいつのことを受け入れたいと思ったからではない。
相変わらず巧い舌テクを持つ竜崎に応えるように、僕からも舌を絡めたのだって、今日が最期だから。
今日が最期だから、僕も少しだけ頑張ってあげるんだ。
「月くんと繋がったまま、彗星がぶつかってきたら、
私たちはおそらく、熱で溶かされて、本当に1つになってしまうでしょうね。」
「だとしても、一瞬で蒸発してしまうだろうけどね。」
「…それでもいいです。二度と離れることはないのですから。」
「二度と逢うことも、無いだろうけどね…」
「月くん…」
「ん?」
「愛してます。」
「ん…、僕も少しだけ、愛してるよ。」
「……イジワルなヒトです。」
「でも、好きなんだろう?」
「…はい。」
だったら気にするな、と云いながら、今度は僕からキスを仕掛ける。
竜崎の唇はとても熱くて、彗星がぶつかる前に溶けてしまうのではないのかと思った。
でも、それでもいいなと思って、僕はいつもどおりに、彼に身を任せた。
…で、結局次の日の朝、全ては嘘だったとバレて、竜崎は殴られるんですよね。
24時間ら~ぶらぶできたんだから、満足だろうけど。
...20050820
×おしまい