ずっと思っていた。
人魚姫は、とても莫迦だと。

たくさんのお伽話の中で、この姫だけが不幸になっている。

好きになった王子に、もう一度会いたいが為だけに、魔女と取り引きをした人魚姫。
声を失い、尾ひれを失った。

その代わりに得た、人間の足。
王子に好きになってもらわなければ、海の泡となってしまう運命。

王子を殺せば、もう一度、声と尾ひれを返してもらえるという条件を与えてもらったのに。
彼女は、決して王子を殺すことはできなかった。

そして、海の泡となって彼女は消えた。
10.人魚姫は恋をした。
他人の恋愛について、どうこういうつもりはない。
けれど、彼女の恋愛観だけは理解できなかった。

たとえ、他の国の姫と、王子が結婚すると解かっていても、
彼女は王子を殺さなかった。
恋の為に、我が身を犠牲にした。

どうしてそんなことができる?
僕は、人魚姫のような恋愛だけは、絶対にしない。
そんなことは、決して出来ない。




「――竜崎はどう思う?人魚姫について。」
「そうですね……」

キラ捜索休憩中の他愛もない話。

キラとLが、恋愛について語り合うとは。
一体誰が想像したことだろう。

竜崎は、手に持ったカップのミルクティーをスプーンでかき混ぜながら、小さく唸った。
もちろん、例のあの妙な座り方で。

「私がその物語を読んだのは、確か5歳程度の時でしたが、
 夜神くんのようなことは、まったく考えませんでしたよ。」
「そりゃ、5歳児が恋愛について、そんなに深くは考えやしないだろう。」
「では、夜神くんは一体いつそう思ったのですか?」
「12歳くらいの時かな?妹のために読んであげたんだよ。」
「随分と可愛くない子供時代をお過ごしになられたんですね。」
「……悪かったな。」
「いえ、別に悪いとは云っていません。私は、思ったままを云ったまでです。」

竜崎は、無表情のまま淡々と語るため、本気か冗談かの区別がつき難い。
まあ、休憩中の雑談なのだから、本気ということはないだろう。

僕は苛立った心を治めるため、砂糖で適度の甘さにしたコーヒーを一口啜った。
竜崎も、僕に合わせるように、ほぼ砂糖の味しかしないであろうミルクティーを飲む。

「私が思うに、」
「え?」
「人魚姫の話です。
 ――私が思うに、魔女の要求は極端すぎるのではないかと思いました。」
「……僕は別に、魔女については訊いてないんだけど?」
「はい。思ったままを云っただけです。」
「………そう。」

ふいに話し出したと思ったら、魔女の話?
そんなの、お伽話なんだから、文句を云ったってしょうがないじゃないか。

呆れたような一瞥を送るが、竜崎はまったく気にせず、呑気にまたミルクティーを啜った。
しかし、そんなことをいちいち気にしていては、こっちの身が持たない。
こいつはこういう奴なのだ。

「もし、魔女の要求が『王子を殺せ』ではなく、
『王子と結婚することになった姫を殺せ』だったら、人魚姫はどうしてたと思いますか?」
「え?」

今度はこっちに質問か…
こんな問答くらいで、僕がキラだと判断できるわけがないだろうし。
適当に返事をしておくことにした。
もちろん、油断はしないけど。

「そうだね…。そしたら彼女は、絶対その姫を殺していたと思うよ。」
「どうしてですか?」
「だって、殺さなきゃ自分が死ぬんだよ?当然じゃないか。」
「しかし彼女は、王子を殺しませんでしたよ?殺さなければ、死んでしまうのに。」
「そりゃ、振った相手とはいえ、好きだったんだ。殺さないだろう。
 でもそれが、自分が得られなかった幸せを、全て得られる、
 しかも王子の結婚相手だったら…。
 何の義理も情も無いんだ、殺すに決まってるさ。」
「そうですね。その姫さえいなければ、
 もしかしたら自分が王子と結婚できるかもしれませんからね。」
「でも、」
「何ですか?」

「僕だったら、どちらとしても殺していたけどね。」

「殺せるんですか?好きな相手でも?」
「だって、死にたくないからさ。それに、所詮はお伽話さ。
 僕だったら、初めの段階からして、魔女との取り引きなんかしないよ。」
「なるほど……」

保身のために他人を殺せると云った僕は、キラっぽいだろう。
だが、ここで否定しておいたら、初めに云ったことと矛盾してしまい、不自然だ。
警戒しているようで、更にキラっぽい。

さあ、どう判断する?
どんなに小さなことでも、僕を疑っている限り、お前なら無意識にでも考えてしまうだろう。
そうやって、どんどん悩んで、混乱すればいい。

お前の混乱する姿は、とても僕を楽しませてくれるからね。


「私は、実際その状況にならなければ、どう判断するか解かりません。」
「逃げるつもり?」
「違います。それだけ恋愛とは難しいことなのです。」
「ふーん。竜崎がそんなこというなんて、意外だな。」
「ただ、ひとつだけ、確かに云えることがあります。」
「……何?」

相変わらずの無表情で、奴が何と思っているかは読めない。
もしかしたら、何にも考えていないのではないか、とさえ思えてくる。

それだけに、竜崎の答えにはとても興味を惹かれた。
話の続きを促すように、
すっかり冷めてしまったコーヒーを、僕と竜崎の間にあるテーブルに置いた。

「死にたくないから殺せる…という、夜神くんの心理を理解することはできます。
 私だって、死にたくはないですからね。」
「……キラ捜索をしているのに?」
「それはそれ。死にたくはないですが、キラのしていることを見過ごすことはできません。」
「まあ、それは僕も同じさ。」
「……ですが、」
「……何?」

「私には、彼女…人魚姫の気持ちも理解することができます。」

「へえ……。竜崎って、案外ロマンチストなんだね。」
「そういうわけではないと思うのですが……」

竜崎は、いつの間に飲み干したのか、カラになったティーカップをテーブルに置いた。
そのおかげで空いた親指を、いつものように咥えて、そっと僕のほうを見る。
その表情からは、やはり何も読み取れなかった。

「それでも、私も魔女との取り引きをするかもしれません。
 たとえ、声を失い、自分の身が海の泡となって消えてしまうとしても。
 それでも、好きな相手に近づくために、私は精一杯のことをやりたいと思います。」
「……そっか。竜崎らしいといえば、竜崎らしい考えだね。」
「はい。私もそう思います。」
「でもやっぱり、僕には理解出来ないや。」
「そうですか。夜神くんなら解かってくださると思ったのですがね。」
「僕はただ、恋愛を第一に考えて生きられないってだけさ。」
「なるほど。とても夜神くんらしいお答えですね。」

こいつに、僕の恋愛観が解かっているのかは怪しいが、
どうやら竜崎は納得したようだった。

お茶も飲み終え、話の区切りも付いた。
時間もだいぶ経っただろう。

「竜崎。そろそろ休憩を終わりにして、父さん達の所に戻るとしようか。」
「……そうですね。」

ソファから立ち上がり、ゆっくりと伸びをする。
竜崎はあんな座り方をしているのに、まったく身体を解さずに、
さっさとドアの所で僕を待っていた。
まったくもって、こいつの身体の構造はどうなってんだか。

考えるだけ無駄なので、僕はため息ひとつ吐いて、ゆっくりとした足取りで竜崎に続いた。


「――そうそう。云い忘れていましたが、」
「ん?何だい?」

「既に私は、キラだと疑う貴方の前に、
 命を懸けて姿を現したということを、忘れないでください。」

「………そうだったね。
 でも、僕はキラじゃないから、君の命はまだ心配ないと思うよ。」
「あ、いえ。そうではなく……」
「? 何が云いたいんだい?」
「……いえ。やっぱり、まだ云わないでおきます。」
「……そう。気が向いたら、教えてくれ。」
「はい。それが、そう遠くない未来であることを祈っています。」

そういい残し、少しだけ笑うと、竜崎はさっさと本部のほうへと歩いていってしまった。

結局、彼が最後に何を云いたかったのかは解からなかった。
残された僕は、すっきりしなくて気分が悪い。


『なあ、なあ月ー。今回の化かし合い合戦は、どっちが勝ったんだー?』
「……知るか。」
『何だ、今回は月の負けかー?どうなんだー?』
「…………」

此処では話し掛けるなと云い付けてあるのに、しつこくリュークは僕に話しかけてきた。
キラとLの勝負が、それだけ面白いのだろう。

僕にしか聞こえない煩いギャラリーをスッパリ無視しながら、
僕も竜崎の後を追うように本部へと戻っていった。
人魚姫のLは恋をしたのです。
監視カメラという、魔法の鏡を見て一目惚れです。

ほんのりL→月な感じ。

...20050327
×おしまい