「夜神くん。リンゴが食べたいです。」
「リンゴ?」
「はい。剥いてください。」
「…自分で剥いたら?」
「私にリンゴが剥けるとお思いですか?」
「無理かな?」
「そうでしょう?」
「………。だったら、齧り付けばいい。」
「…そうすると、果汁が飛び散ると思われますが。
服にも床にも、パソコンにも。」
「それは困るな。」
月はため息をひとつ吐いて、竜崎が差し出していたナイフとリンゴを受け取った。
赤々とした丸いリンゴ。
息を吹きかけて軽く自分の服で拭いてから、月はリンゴを剥き始めた。
12. これから何処へ向かうかは貴方次第
「リンゴが食べたいなら、アップルパイでも買ってきて貰えばいいのに。」
ケーキ、好きだろう?と云いながらも、月の手の中で、リンゴはするすると剥かれていく。
「それもそうですが。リンゴとアップルパイは、やはり違うモノですからね。」
「それは、まあそうだけど。」
淀みなく暴かれていく赤い実。
月の手により生み出されていく、一度も切れることなく続く赤い線が、
殺風景な部屋の中で、唯一の鮮やかさを放っている。
「お上手ですね。」
「これくらい、簡単だよ。」
「私にはとても真似できません。」
「挑戦してみなきゃ解からないよ。やってみる?」
「いいえ。結果は見えていますので。」
2人を繋ぐ鎖が、リンゴを剥く作業で微かに揺れて音を立てる。
皆が出払っていて、とても静かな部屋の中。
リンゴを剥く音と、鎖の揺れる音が響いていた。
「――竜崎は、キラを追うことを諦めないんだよね?」
「どうしました、突然?」
「別に…」
視線を動かすことなく、月はリンゴを剥き続ける。
「でもさ、もし諦めるとしたら、どういう状況になった時?」
「どのような状況であれ、私は諦めません。」
「目が見えなくなったとしても?声が出なくなったとしても?」
「………穏やかじゃないですね。」
ナイフを握る、月の右手に力が込められたのを目の端で確認しつつ、
竜崎は油断なく月を見つめた。
もしここで、私が一言諦めると云えば、
彼はその手に持つナイフで、私の目を抉り出すのかもしれない。
死なない程度に首を絞め、喉を潰してくるかもしれない。
キラ捜査を止めさせるために、もしかしたら彼ならば……
竜崎は、どこか期待するような気持ちで、そんなことを思った。
「……私に、諦めてほしいのですか?」
「………僕は、キラじゃないよ。」
「ならば、諦めてほしくはないですよね?」
「…………」
キラでないのなら、捜査を止めさせる必要はない筈である。
「……竜崎は怖くないの?」
「何がですか?」
「死ぬことがだよ。」
「怖いですよ。」
「じゃあ、――僕が死んで、ひとり残されることは?」
「…………」
再びリンゴを剥く音と鎖の音が、部屋に響き渡る。
しばらくその沈黙は続き、ぱさりと音をたててリンゴの皮が落ちて、
「剥けたよ。」
要らなくなった書類を下敷きに、食べやすいサイズに切られたリンゴを差し出された。
竜崎は黙ったまま、差し出されたリンゴに手を伸ばした。
今度はリンゴの咀嚼音が部屋に充満する。
「――怖いですよ。
いや、怖いというより、嫌です。絶対に。」
「……その割には、答えが遅かったね。」
「あまりに唐突だったので。今まで考えたことありませんでしたから。」
「へえ?何で?」
キラの捜査は、誰もが命懸けのはずである。
いつ死んでも、殺されてもおかしくない事件。
それでも、夜神月が自分より先に死ぬと考えたことはなかった。
それは、彼をキラだと疑っているからだ。
しかし、自分が先に死ぬことを想定したことは何度もあった。
その場合の、月の行動、気持ちを考えたことも。
――泣いてくれるだろうか、と思ったことも。
何度もあった。
気丈な彼は、きっと泣いたりしないだろうけれど。
考えるたびに、何を莫迦なことをと思いながら、甘美な哀しみに心を躍らせた。
どうしてだろうか?
(私は、キラに負けることを前提で考えている?)
夜神月に、負ける前提で。
しかも、その状況を心待ちにして、あまつさえ、希望していないだろうか?
今までずっと、キラを捕まえたいと思っていた。
しかし、捕まえた後のことを考えたことはなかった。
「――何でなんでしょう?」
「僕に訊かれたって解からないよ。」
「はい、すみません。」
「別に謝らなくてもいいけど。」
可笑しそうに月が笑う。
その笑顔を見て、ああそうかと竜崎は気付いた。
(私は現状に満足しているのだ。
彼が逃げ続け、私が彼を追い続けるという状況が、とても好ましいのだ。)
――たとえば、こんな風にリンゴを剥いてもらったり。
そんなこと、彼がキラだと確定したら絶対にできないことである。
彼が否定しているからこそある、今の現状。
それが変わるとしたら、私が先に死んで、彼に負ける場合のみ。
(現状を変えないために、だから私は彼を追い続けているのかもしれない…)
私が追い続ければ、彼は逃げ続けるから。
彼が逃げ続ければ、現状が変わることはない。
「私が先に死んだら、月くんは寂しいですか?」
「……らしくないことを、」
「寂しいですか?」
逃げようとする月に、しつこく問い掛ける。
月は困ったような、少し怒った顔をして竜崎を睨んだ。
竜崎は満足して、嬉しそうに笑った。
「……意地悪だな、竜崎は。」
「はい。私は好きな子ほど苛めるタイプです。」
「小学生か、お前は……」
どんな状況なら諦めるかなどと訊いてきた次点で、月の答えは解かっていた。
だから竜崎は、遠慮なく月の顎を捉え、唇を重ねることができた。
「…甘い。」
「リンゴはお嫌いでしたか?」
「そうじゃ、ないけど。」
――たとえば、こんな風にキスができる現状を愛している。
それは、仕方のないことではないだろうか。
だって、こんなにも彼の唇は甘いのだから。
「月くん。もう1つリンゴ、剥いてください。」
「……やっぱりアップルパイ買ってきてもらえよ。」
「今度はウサギさんでお願いします。」
「僕の話を聞け。」
初めて両思いだ…!(驚くことじゃない)
月が次のリンゴを剥いている間、Lは皮をシャリショリと食べてるといいと思う。
途中、顎が疲れて休んだりしてさ(笑)
...20050506
×おしまい