それは、ちょっとした遊びだった。

鎖で繋がれている2人は、向かい合うことはせず、1つのソファに並んで座っていた。
一方は優雅に足を組んで。
もう一方は、ソファの上に乗り、膝を抱えるように。
それが双方とも、とてもリラックスした状態のようである。

そんな2人の間で交わされる、ささやかな遊び。
それは2人以外誰もいなくなった夜に、静かに幕を開けた。
13. 嘘をつくのは、もう慣れた。
「――僕が…キラだ。」

静かな声で、月は云った。

「やっと自白しましたね。」
「待ってたかい?」
「ええ。――貴方は完璧だった…。
 貴方を捕まえるには、もう貴方の自白以外ないと、最近は思うようになりました。」

目の前のテーブルに、良い香りのする紅茶が2人分。
「今日は寒いから」と、少しブランデーを垂らしてあるそれは、
今し方、夜神月が淹れたモノだった。

「どうして、犯罪者を殺していったんですか?」
「どうして、だって?解からないかい?」
「ヒトを、しかも見知らぬ赤の他人を殺そうとする心情など、私には解かりません。」

「……僕は、世界を奇麗にしようと思っただけさ。
 だって、人間は決して美しくない。否、美しくあろうとしていないというべきか。」

そう云いながら、少しだけ瞼を伏せ、熱い紅茶に手を伸ばす。
それを横目で見ながら、Lもまた紅茶に手を出した。
一口、また一口と喉を潤してから、2人は同時にカップを戻した。

「どうしてヒトは“殺人”を犯すのだろうか…。
 人間は、人間を殺さなくても生きていけるのに…」
「それはそうでしょう。もし誰かを殺さなければ生きていけないのでしたら、
 世の中皆、殺人犯になってしまいます。」
「そうだね。そうなったらすぐに、人類滅亡の危機…かな?」
「“危機”ではなく、確実に世界には誰もいなくなってしまいますよ。」

そんな世界を想像してみたのか、月は可笑しそうに小さく笑った。
肩が揺れ、髪が、赤みを射し始めた頬に降り掛かる。
その赤みは、熱い紅茶のせいか、はたまたブランデーのせいなのかは解からない。
解からないが、Lはその頬に、そっと手を伸ばしていた。
まるで、吸い寄せられるように。
蛾が灯りを好むのと同じようだと、Lは頭の片隅で思った。

「温かいですね。」
「人間だからね。」

触れられた手に甘えるように顔を押し付けて、月はLを見た。
彼らしくないその行動に、思わず心臓が跳ね上がったのだが、決して顔には出さない。

「僕も、人間なんだ…。美しくあろうとしない、醜い人間。
 ――キラ、なんだ。」

そう云って、彼は再び小さく笑い出した。
震える肩の振動はどんどん激しくなり、笑い声も高くなっていく。

急に高らかに笑う彼に驚いて、Lは彼の頬から手を離す。
当てられていたぬくもりが消えたことで、
熱が醒めたかのように、月の笑いがぴたりと止んだ。


「―――これで、満足か?」
「ええ。ありがとうございました。」

月は盛大なため息を吐くと、カップに入った冷め始めた紅茶を一気に飲み干した。

「解かってると思うけど、
 ――僕は、キラじゃないからね。」
「はい。いいですよ、今はそれでも。」
「今も昔も、そしてこれからも、僕はキラじゃない。」


――そう、それはちょっとした遊びだった。

夜神月にキラを演じてもらうという、Lが月に所望した遊び。
もし彼の父親が先程の会話を聞いたら、再び心臓発作で倒れてしまうだろう。
だからその遊びは、誰もいなくなった夜に行われた。
誰もいないからこそ月も、その遊びを興じる事に納得した。

「でも竜崎。こんなこと、もうやらないから。」
「そうですか。残念です。」
「フリとはいえ、自分をキラだと認めるのは、もう懲り懲りだよ。」

こんな風に手錠で繋がれることになったのも、自分の自白のせいであった。
…間違いであったが。
監禁されてからしばらくして、月は自分がキラではないと確かに自覚した。

それでも月は感じとったのだ。
キラからは、自分と似通ったモノを感じる、と。
だからこの遊びに、少しばかり興味を持ったのかもしれない。
それにもう1つ。
Lの本音を聞いてみたかったという理由もあった。
昼間殴り合った時に聞いた、『夜神月がキラであって欲しかった』という言葉。
あれは、紛れもないLの本音であった。
自分がキラを演じる事で、もっとその本音が聞けるかもしれない。
キラに対し、ある意味理想を抱いているらしいLを見て、本当の所を聞いてみたい。
月はそう思ったのだ。
それでなければ、大量殺人犯の役など、真っ平ご免である。

「それにしても、夜神くんはよく、キラの心情が理解できますね。」

そんな月の真意も知らず、Lはそんなことを云った。
Lもまた、月にキラを演じさせる事によって、己の本音を探ろうとしていた。
ただでさえ、目の前のヒトに自分の思考は崩されるというのに…
月の演じたキラは、ますます自分の思う通りであった。

だから結局、己の本音は解からないままだ。

「奴の事を追っていれば、自然とこれくらい思いつくさ。」
「それだけですか?
 私には、さっきの言葉が、夜神くんの本心のように聞こえたのですが…」
「そうかい?」
「私の気のせいでしたか?」
「…………」

夜神月をキラとして想定しているLに、月の思考は想像に難くない。
キラを装って吐いた月の本音を、きちんと察していた。

「…さあ、どうだろうね。」
「教えてくれないのですか。」
「変なこと云って、また僕の疑いが深まっても嫌だからさ。」
「疑われたくないのですか?」
「当然だろう。僕はキラじゃないんだ、身に覚えの無いことを問われたくはない。」

Lが紅茶を飲むのを見て、自分も飲もうと月は手を伸ばそうとした。
しかし自分の紅茶は先程飲み干していて、カップの中は空であった。
不自然に伸ばそうとした手を、熱くなっている頬に当て誤魔化す。

ブランデーの効果は、徐々に月の身体に浸透しつつあるようだ。
眠気に蝕まれていく感覚に、月は早々に身を委ねたい誘惑に駆られた。

「もう寝よう、竜崎。明日も早い。」
「そうですね。早く、本物のキラを捕まえなければなりません。」
「うん。」

同時に立ち上がる。
そしてベッドに向かって歩き出した。

「――東京の夜景も、なかなかに奇麗ですね。」

ベッドに向かう足を不意に止め、外を眺めたLがポツリと漏らした。
本当は、ゴミと人間に溢れた、奇麗とは程遠い街なのに。
そうは思ったが、月は「そうだね…」とだけ答えて、火照った身体を冷たいシーツに静めた。
鎖に引っ張られたわけではないが、Lもおとなしく月に続く。

「――人間も、奇麗だと思いますよ。私は。」

「そう?」
「ええ。中でも貴方は、とても奇麗な人間だと、私は思っています。」
「……ありがとう。」

――それは、遠回しな自白の強要なのかな?

ささやかな遊戯は、まだ続いているのかもしれない。
はたまた、キラを追うこと自体、Lにとっては遊びのうちなのか。

そうだとしても、今日はもう終わりだ。

テーブルに残された2つの空のカップだけを証拠に、
その夜の秘めやかな遊劇は、静かに幕を閉じた。
人間は美しくあろうとしないことを美徳だと思っている。
それゆえに、人間は奇麗なのかもしれない。

...20050520
×おしまい