サンドウィッチの策謀
大学の帰り、竜崎の滞在先(実質のキラ捜査本部)のホテルに月はやってきた。
部屋に入ると、竜崎一人だけが待っていた。
他の捜査員たちは出払っているようだ。
部屋はホテルの最上階。スイートルーム。
部屋に入った月は、珍しい光景を目にして驚いた。
今さら、部屋の豪華さなどに驚くわけはない。
どういう心境の変化か、外の景色を一望できる窓辺に佇む竜崎の近くにあるサイドテーブルには、サンドウィッチが載っていたのだ。
軽くトーストされたライ麦パンには、レタス・トマト・ベーコンが挟まっている。
至って普通のBLTサンドである。
通常であれば、何もおかしいところはない。ルームサービスでも頼んだのだろうと、流せる光景である。
だが今まで、竜崎が甘いもの以外を食べているところなど見たことがなかった。
月が驚くのも無理はないだろう。
「竜崎って、甘いもの以外も食べられるんだね。」
何でもないようなことだが、すっかり感心した口調で月は話しかける。
甘味物だけで人間が生きていけるわけがないので、考えてみれば当たり前のことかもしれない。
ただ、竜崎の人間性を鑑みるに、今まで甘味物だけで生きてきたと云われても納得してしまえるものがあった。
そんな月の思惑が聞こえたわけではないだろうが、応えるように竜崎は云った。
「……ただの気まぐれ、です。」
一瞬だけ月を振り返った竜崎が、皿に載ったサンドウィッチを1つ摘みあげ、かぶりつく。
サンドウィッチを口に入れた瞬間、何とも云えない顔をする。
眉間にしわを寄せ、緩慢な動きで咀嚼して、それをゆっくりと飲み込んだ。
「甘くありません。」
「当たり前だろ。」
大変不満だとばかりに云い募る竜崎に、月は呆れた顔をする。
BLTサンドが甘くてたまるか。
竜崎はサンドウィッチの脇に置いてあった、ペットボトルを手にとって飲み始めた。
パッケージから判断するに、ペットボトルの中身はミネラルウォーターのようだ。
竜崎が甘いもの以外の飲料を口にしていることは、これまた珍しいことだった。
「おいおい、どうしたんだ?具合でも悪いのか?」
虫歯にでもなったか?とからかい半分に笑いかけるが、竜崎は振り返りもしない。
無視をされ、些かむっとなる。
依然竜崎は、ポケットに両手を突っ込んで窓際に立ち、外の景色を眺めている。
見晴らしは良いだろうが、都心のど真ん中なので、そんなに真剣に見るようなものでもないはずだ。
だがそこで、何故か月は、ふと奇妙な既視感を覚えた。
窓辺に立つ竜崎。
サイドテーブルに置かれたサンドウィッチとミネラルウォーター。
今日は午後の授業は1つしかなかったので、外はまだ明るい。
(何だったかな?こんな光景、前にも見たような……?)
現在竜崎が滞在しているホテルは、昨日から移動してきたばかりなので、見覚えがあるはずがない。
大体にして、竜崎が甘いもの以外を口にしている姿を、今日初めて見たのだ。
見覚えのある光景なわけがない。
ではこの既視感は何だ?
竜崎の隣まで行き、同じように窓の外を眺める。
何か、思い出せるようなヒントがないかと思っての行動だ。
そんな月の様子を、竜崎は横目でそっと盗み見ている。
東京の街並み。
ビル群の窓が、まだ高い位置にある太陽の光を受けて、キラキラと至るところで反射している。
上空では風が吹いているのか、雲が勢いよく形を変えながら流れていく。
下を向くと、そこには広めの公園がある。
園内に植物園もある、都内でも有名な大きな公園である。
公園内では、小さな子連れの親子がのんびりと散歩していたり、遅い休憩をとっているサラリーマンが木陰で横になっている。
一方では、近くの大学から抜けてきたのか、女子大生風の集団が、公園の一角に止まっている荷台付きの小型トラックに群がっている。
その瞬間、月は竜崎の不可解な行動の意味を理解した。
理解と同時に、思わず苦笑が漏れる。
「何ですか?突然笑いだして。」
「いや…。君って案外、いじらしいなって思って。」
「いじらしい?」
竜崎は不機嫌そうな顔のまま、首をかしげる。
誤魔化しているのか、しらを切っているのか、微妙なところだ。
どちらにせよ、追及してほしくないところなのだろう。
「何でもない。忘れてくれ。
――それより竜崎。もし時間があれば、気分転換に外に散歩にでも行かないかい?」
「……散歩ですか?」
「そう。外の公園に、クレープ屋さんが来ているみたいだからさ。前に行ってみたいって云ってただろう?
あの時は、僕はサンドウィッチを食べた直後だったから、一緒に行くのを断ったけど。
今日はちょうど小腹が空いているんだ。天気もいいし。竜崎が良ければ、一緒にどうかな?」
以前に滞在していたホテルの窓からは、駅が見えた。
その駅前にも、下の公園にいるようなクレープの移動販売が来ていたのだ。
上から見ると小型トラックが止まっているようにしか見えないのに、女性を中心に、人が次々と群がっていく様を不思議に思った竜崎が云ったのだ。
「あのやたらとポップなカラーリングのトラック、怪しいです。さっきからずっとあの場所から動きません。
そのわりに、人が次から次へと群がって……。何かを受け取っている?非常に怪しい……。
こちらの動向を窺う、キラの手の者かもしれません。」
本気なのか冗談なのか、変なことを云いながら、しきりに下を覗き込む竜崎。
何事かと、その時一緒にいた松田と共に外を見てみれば、何のことはない、クレープの移動販売がいたのだ。
上から見て、クレープ屋だと解かった理由は、トラックの天井部にクレープの絵が描かれていたからである。
「あれはクレープ屋さんですよ、竜崎。怪しくなんてありません。」
「クレープ?」
松田に説明され、理解した竜崎は、月に一緒に行ってみようと誘った。
甘いものに目がない竜崎であれば、云いだしそうなことである。
だがあいにく月は、その時ルームサービスのサンドウィッチを摘んでいるところだった。
大食漢でもなければ、特別甘いもの好きではない月は、また今度にしてくれと断った。
だが、今度がいつあるか解からないとごね、竜崎もなかなか諦めない。
いい加減面倒くさくなった月は、仕方なく妥協案を提示した。
「今度クレープ屋を見つけたら、竜崎にすぐに知らせるし、僕が奢ってあげるよ。だから、それで今回は勘弁してくれ。」
「本当ですか?約束ですよ?私、結構しつこく覚えていますよ?」
「ああ、約束する。」
その場を乗り切るために嘘を吐いたつもりはなかったが、月はそのことを今まですっかり忘れていたのだった。
そんなわけで、竜崎は待っていたのだ。
月がクレープ屋さんを見つけて、誘い出してくれるのを。
同じようなシチュエーションを作り、月が思い出すように、懸命にアピールしていたのだ。
なんていじらしい努力だろうか。
「時間ならあります。月くんがせっかく誘ってくださったので、ご一緒しますよ。」
「それはよかった。」
じゃあさっそく行こうと、月は外に向けて歩き出す。
その後ろを、口元をにんまりと緩ませながら竜崎が続く。
「せっかくのデートなので、手でも繋いでいきませんか?」
「デートじゃないよ。散歩だよ。」
「手を、」
「繋がない。」
そんな軽口をたたき合いながら、一路クレープ屋さんを目指して、2人はエレベータに乗り込んだ。
ただ竜崎にサンドウィッチを食べさせてみたかっただけのお話。
竜崎:「月くんのクレープもおいしそうです。一口ください。」
月:「……いいよ。」
(月のクレープを一口もらう竜崎)
竜崎:「っ?!!」
月:「どうしたんだ、竜崎?おいしいだろう?僕の
ホットチリペッパーソースのクレープは。」
みたいなことやって、いちゃこらしていればいいと思う。
月は竜崎が一口くれっていうの見越して、辛い味のクレープを選択。
この仲良しさんめ(笑)
...20160901
×おしまい