01:いってらっしゃい
「何ですか、これは…」
「え?パパ、ホットケーキ好きじゃなかった?
 昨日はシュガートーストだったから、さっぱり系にしようと思って作ったんだけど…」

しゅん…と落ち込むライト。
貴方が落ち込むことはありません、朝食に文句をつけたわけではないのですから。
香ばしい小麦色の焼け色に、うっとりするほど煌めくメープルシロップと、
処女雪を思わせる神聖な真っ白い生クリームが、絶妙な絡み合いを見せていて、思わず涎が出たほど完璧です。
だから貴方のせいじゃないですよと、よしよしと頭を撫でてあげる。
ライトは安堵して笑ってくれた。
あまりに可愛い笑顔だったので、思わずほんのりピンク色の愛らしい頬っぺたに口付ける。
そういえば、朝の挨拶のお返しがまだでしたね。

「おはようございます、ライト。今日も私のために、美味しい朝食をありがとうございます。」
「うん、おはようパパ。冷めないうちに、早く食べて?」
「はい。本当に美味しそうですね。もしかして、また腕をあげましたか?」
「ホットケーキくらい、誰だって簡単に焼けるよ。」
「いいえ。これほど完璧なホットケーキは、世界一のパティシエだろうと焼けません。素晴らしいことですよ。」
「ありがとう、パパ。」

うっとりと見つめ合う。
眩しい朝日は、2人きりの世界を演出してくれた。
いやいや、もちろん月くんも一緒ですよ。
そんなに見つめなくても、心配ご無用です。
壁に掛けられた複数枚の写真の中の月くんが、いっせいに私たちに微笑んでくれている気がした。

「――ちょっと、ちょっと!
 いい加減、仲良し家族劇は止めにして、席につけ!あんたのせいで、俺たちまでお預けくらってんだぞ!」
「メロ、テーブルを叩かないで下さい。折角ライトさんが淹れてくれたカフェオレが零れてしまいます。
 一滴でも零したら、貴方のホットミルクも、私のものにしますよ?」
「げっ!このホットミルクは俺のだ!
 折角ライトが俺のためだけに淹れてくれたんだぞ、ニアなんかに渡すもんか!」

…そう、これだ。
私が『何ですか、これ』と云った『これ』に当てはまる正体。

「ニアにメロ。どうして我が家の一家団欒の食卓に、お隣に住んでいるはずの貴方達が揃っているんですか?」
「「ライト(さん)に誘われたから。」」
「迎えに来てくれたんだよ。今日から授業だろう?
 訊いたら、朝ごはん食べてないっていうし。せっかくだからさ。」
「だからって、ウチで朝食を食べる必要などないでしょう!」

コンビニの売れ残った残飯でも漁ってればいいんですよ、こんな奴ら!
だいたい、ウチにこいつらの食器まで揃っていること事態おかしいんです。
ライトの優しさに甘えて、どんどん図々しくなっている。

イライラと食卓について、私のためにライトが入れてくれたホットミルクティーを一気に飲み干す。
まろやかな甘さが口いっぱいに広がり、少しだけザラついた心を落ち着かせてくれた。

「ライト~。今日の夕飯、クリームシチューがいいなあ。」
「あ、いいね。じゃあそうしよう。」
「云ってるそばから図々しいですよ、メロ!」

冷めてしまう前にさくさくとホットケーキを口に運ぼうとしていた手を止め、メロの眼前にフォークを突き出す。
しかしそれくらいの脅しにはまったく動じず、メロは私に向かってあっかんべをしてきた。
三十路近い独身男のクセに、そんな仕草してもちっとも可愛くないんですよ、このおかっぱ頭め!

「ホントにメロとパパは仲が良いよね。」
「まったくですね。では、こっちはこっちで仲良くしましょう、ライトさん。」
「どさくさに紛れて、ライトの手を握るんじゃありません、ニア!」

ぺしっとニアの手を叩き落とす。

「フフ、ニアとパパも十分仲良しだと思うよ。」
「「止めてください、こんなやつ。」」

マネするんじゃありません。
ただでさえ、キャラ被ってるんですよ貴方は。

ライトに淹れてもらったミルクティーのお代わりで喉と心を潤しながら、
食卓に飾られてある月くんの写真にため息を吹きかけた。

「月くんどうしましょう。私たちの可愛いライトが、凶悪なイヤラしいオヤジ2人に狙われています。」
「「誰がオヤジだ(ですか)。」」

凶悪でイヤラしいは否定しないんですね。

「2人とも全然若いよ!気にすることないって。」

ライトもツッコむところはそこなんですか。
確かにライトと同じ中学高校を通っただけあって、外見的にはまだ若く騙せるようですが。
自分が狙われていることを、いい加減自覚しなさいライト。

「しっかし、相変わらず居づらいウチだよな~。同じ顔の写真ばっか飾ってあるし。」

メロが手に持ったナイフで、私と見つめ合う月くんの写真立てをコンコンとつつく。
なんて事をと、今度は本当にフォークで突き刺してやろうと立ち上がった。

―――ガツンッ!

しかし、ナイフを持つメロの手ギリギリのところにフォークを突き刺したのは、私の隣に座るライトの方が早かった。

「ママの写真が汚れるから、触るなら手にしてね、メロ?」
「――ご、ごめんなさい…」

わ、我が子ながら、少々おっかないところがある。
ニアなんか、顔を凍りつかせて、せっかくライトに淹れてもらったカフェオレを服に零していた。
かくいう私も、心臓がバクバクしている。
さすが、月くんの血を色濃く受け継いだ子です。

その後は、静かに朝食を食べることが出来た。



「それじゃあ、行ってくるね、パパ。」
「はい。気を付けて行くんですよ。
 知らないヒト、知ってるヒト…(じっとメロとニアを見る)…にも付いて行ってはいけませんからね。」
「僕、もう子供じゃないんだから。解かってるよ。」

すぐ近くに潜んでいる危険因子にすら気付いていないから、余計に心配なんです。

「それに、おじいちゃんに習った、合気道とか柔術もあるし。」

夜神さんが引退しても警察学校の講師をしていて、本当によかった。
おかげで、こんなに逞しい良い子に育ちました。

「少しは、信用してよ。ね、パパ?」

大人びた笑み。
本当に月くんそっくりで…。
大きくなりましたね、ライト。

「……そうですね、解かりました。
 いってらっしゃい。」
「行ってきます!」

私と玄関先に飾ってある月くんの写真にいってきますのキスを降らし、ライトは元気良く玄関を飛び出した。

「……嗚呼、行ってしまいましたよ、月くん。また今日も、おウチに一人ぼっちです。」

玄関に飾ってある、キラ顔の月くんの写真に話し掛ける。

「そうでしたね、ひとりではなく、月くんとふたりっきりでしたね。
 解かってますよ、そんなに睨まないでください。相変わらず可愛らしいヒトです。」

んちゅっと写真立てごと月くんを抱きしめ、愛情いっぱいにキスを送る。
自分を奮い立たせる為に、玄関には怒り顔の月くんの写真が飾られてあるのだった。

さぁて!
今日も1日、月くんとの懐かしき日々とライトの幼い日のビデオを見ながら、バリバリ働きますよー!





<おまけ>


「ライトのアレは、何かの儀式なわけ?」
「アレって?」

エレベータの中で、メロが怪訝そうにライトの顔を覗き込んだ。

「キスだよ。起きた時とか、いつもしてるじゃん、あのたぬきじじいにさ。ウザくねーの?」
「何で?挨拶だよ。普通だろう?」
「(絶対普通じゃねーよ。)」

絶対間違った教育をされていると、メロは少し素直すぎるライトのことが心配になった。
だいたい、あいつはライトに過保護すぎるのだ。
あれでは親ばか通り越して、新手のストーカーだ。
つーか、変態?
アレが俺たちが目指していたLだなんて、信じられねーよな。

――ちゅっ

そうそう、そこでちゅっと…………ん?

「ちゅ?」

ちゅって何だ?
微かに頬に触れた感触は、天使の羽でも掠ったか?
それともねずみでも降ってきたか?

「――んなわけねーだろ、おい!ニアっ!!」
「何ですか?」
「何ですか、じゃねーだろう!な、な、何してくれ…」
「羨ましいのかと思いまして。
 一緒に住んでいる私から、メロにいってらっしゃいのキスをしてあげたんですよ。」

感謝してくださいと、ふてぶてしい態度のニア。

「余計なお世話だ、ボケがー!!」

2人もとっても仲良しだなぁ、とライトはのほほんと思った。
ライトが大学生ってことは、他の皆は結構いいお歳なんだよね。

竜崎宅の間取りは、団地の最上階の部屋全てを貸切です。
壁をぶち抜き改装済み。(とっても広い)

...20051101
×おしまい