02:昼下がりの主婦
初日の授業も無事終わった。
今は夕飯の買出し中。
ライトは近所のスーパーに、朝メロにリクエストされたクリームシチューの材料を買いに来ていた。
「あとは、にんじんとジャガイモ…はまだあったか。バターで、終わりかな?」
「ライト!チョコ買ってくれよ、板のやつ!」
「いい年して、何処の子供ですかメロ。
ライトさん。私にはこのラムネ付きの食玩を買ってください。」
「お前に云われたくないぞ、ニア!
だいたいそれは、ラムネがおまけじゃなくて、食玩がおまけなんだぞ?!」
「…………」
組み立て式の食玩付きラムネの箱を手にするニアと、板チョコを手にするメロが店の中心で叫びまくる。
その横でライトは、お菓子おもちゃを強請られる、世の中のお母さんの大変さをしみじみと感じていた。
「どっちも買うつもりはないよ。そんなに欲しいなら、自分で買えばいいだろう?」
よくは知らないが、大学のほかに、2人は副業をしていて、結構稼いでいるらしいのだ。
それに、僕の教育係としてのお手当ても、パパから出ているはずである。
「残念ながら、お金は持ち歩かない主義なんです。」
「……普段どうやって過ごしてるの、ニア?」
「俺、今ちょうど、アメリカドルしか持ってねーんだよ。」
「……そういえば、新入生キャンプ出てなかったけど。何処行ってたの、メロ?」
「「仕事の都合上、云えない(ません)。」」
「…はぁ。」
学校帰りに、荷物を持ってくれるからと、買い物の同行を許可をしたにはしたが。
こんなことになるなら断ればよかったと、心底ライトは後悔している。
『こういう奴らは、一回びしっと云って黙らせればいいんだよ。
2、3発殴れば、しばらく大人しくなるだろう。』
(そ、そんなこと、できるわけないだろう!)
ふいに聞こえてきた心の中の声に、ライトは慌てて反論する。
『ライトができないなら、僕がやろうか?』
(いいから、お前は黙ってろキラ!)
キラ。
それが、この声の主の名前だった。
彼がいつから自分の身のうちに潜んでいたのかは解からない。
生まれた時からいたのか、はたまた後天的に憑いたのか。
彼自身なら知っているのかもしれないが、教えてくれた事はなかった。
姿形も、歳も何もかも解からない。
なにぶん、自分の中から声がするだけなので。
はじめは、自分は多重人格者なのだろうかとも思ったが、そうではないらしい。
色々調べた結果、こうやって会話ができるような多重人格はないのだそうだ。
では、彼は一体何者なのだろうか。
『さあね。自分で考えることだ。』
ニアやメロ、生前のワタリ、パパにでさえも、キラのことを話したことはない。
話さない方がいいと、キラ自身に口止めされていた。
キラの存在に初めて気付いたのは、12歳の時だった。
きっかけは、僕が何者かに誘拐されそうになったとき。
その時はまだ、ニアとメロは一緒ではなく、学校へはワタリの送り迎えで通っていた。
たまたま友人のうちに立ち寄った折で、ワタリの迎えはなかった。
2人組みの犯人に身動きを封じられ、車に乗せられそうになった。
『…触…るな……、僕の……に……触わるなっ…!!』
(え?)
何だろうと思った次の瞬間には、犯人の1人が宙を舞っていた。
異変に気付いた仲間が、僕を取り押さえようと飛びついてきたが、先の男と同じように、吹っ飛ばされて気を失った。
何が起こったのか、状況を理解しようとも頭の中がぐるぐるで動けない。
『此処から離れて。早く、連絡を。ワタリに、竜崎に連絡をするんだ。』
(そ、うだ…連絡しなきゃ…。パパと、ワタリ…に……)
がくがくと震える身体に鞭打って、萎みそうな声でだが、どうにか連絡する事ができた。
駆けつけてくれたパパの腕に強く抱かれながら、僕はそのまま気を失った。
次に目を覚ますと、僕は自分のベッドの上だった。
隣では、パパが僕の手を握り締めながら、イスの上でいつもの格好で眠っている。
時計を見ると、明け方近い時刻だった。
ずっと傍にいてくれたんだ…。
嬉しくて、パパの手を強く握り締めた。
「ライト…?」
「パパ。起こしちゃった?」
「いえ、眠りは浅い方なので。」
髪をかきあげ、額に口付けを落とされる。
「本当に無事でよかったです。心配しましたよ。」
「ごめん、パパ…」
「天国のママにもちゃんと謝ってください。」
「うん。ママ、ごめんなさい。」
「あとで、ワタリにも謝ってあげてくださいね。
さっきまで食事の準備をして待っていてくれたのですが、もう明け方なので寝かせたんです。」
「うん。」
たくさん心配をかけてしまった。
自分でも、絶対もうダメだと思った。
でも、今こうしていられる。
…そういえば、どうして僕は助かったんだろう?
「犯人は松田に取りに来させましたので、大丈夫です。」
「松田さんが…」
パパの知り合いで、おじいちゃんの元部下の名前を聞いて、ライトはひとまず安心した。
警視庁に引き渡したのであれば、再びあの犯人たちに狙われる心配はひとまずなくなった。
「ところで、いつの間にあんなことできるようになったんですか、ライト?」
「あんなこと…って?」
「犯人をふっとばした技ですよ。
相手の急所を見事についていて、犯人はなかなか意識を取り戻しませんでした。」
「そうなんだ…」
「まあ、とにかく無事でよかったです。今度は私も、カポエラ教えてあげますね。」
「うん。」
「今日はぐっすり眠りなさい。学校はお休みするよう、連絡しておきます。」
頬と額に再びキスを落とされて、目を瞑るよう促すように頭を撫でられた。
そしてその手は、そのままライトの右手を握り締めた。
どうやら、一緒に付いていてくれるようだ。
仕事があるのだろうに、手のぬくもりが、パパの優しさそのもののように染み込んできた。
ライトは眠るふりをして、今日(明け方ということは昨日か)の出来事を冷静に思い返した。
犯人を倒したのは自分ではない。
では誰が?
それに、あの時聞こえた声は?
(君は誰なんだ?僕の声が聞こえるなら、応えてくれ――)
何も聞こえない。
気のせいだったのか?
(僕は君に、お礼が云いたいんだ。僕の声に、応えてくれないか?)
『…お礼なんて、いらないのに。』
応えた!
今度は意識的に聞くことが成功した声に、ライトは心を震わせた。
(やっぱり、君が助けてくれたんだね!ありがとう!)
『……無事でよかったな。』
(君のおかげだよ。君は誰なんだい?)
『…さあね。自分で考えることだ。』
今後、何度尋ねても、彼はそれを繰り返した。
(じゃあ、名前は何?僕は君を何て呼べばいいの?)
『呼ぶ必要はない。』
(どうして?君は僕の中にいるんだろう?
僕には解かるよ。感じる。君の存在が、僕の中にいる。)
『今まで気付かなかったのに?』
(今までも僕の中にいたの?)
『…………』
(気付かなくてごめんね。でもそれは、君が僕に話し掛けてくれないからだよ。)
『気付かれたくなかったからだ。だから、僕はライトに話し掛けなかった。』
気付かれたくなかった?
どうして、と訊きたかったが、また自分で考えろと云われそうな気がしたから訊かなかった。
(名前を教えてよ。)
『……らいと。』
(それは僕の名前だよ。)
『…そうだな。でも、僕はお前の中にいるんだ。だから僕はライトだろ?
しかし、それじゃあ解からないから、キラ――って呼べばいいんじゃないかな。』
(キラ?)
キラ。
ライトはその名前を知っていた。
ライトが生まれる数年前に、世界中を震撼とさせた大量殺戮者の名前だ。
小学6年生のライトは、学校の歴史の授業でその名前を学んでいた。
しかし、そのキラが自分の中にいるとは、とても信じられなかった。
(君は、キラなの?)
『そうだよ。』
しかし、キラがあの大量殺戮者とはとても思えなかった。
だってキラは僕を守ってくれた。
それに、キラから感じる気配はなんとなくだけど、とてもあたたかい。
だからライトは、キラを受け入れる事にした。
(これからよろしくね、キラ。)
『……まあ、よろしく。』
そして、今に至る。
キラは話し掛けると応えてくれる。
ときどきだけど、ライトの身体を使ってライトを助けてくれる時もある。
キラはライトの、目には見えないけれど、かけがえのない友達だった。
いや、友達以上の、家族…といえる存在だった。
(キラは好きな食べ物とかないの?)
『そうだな…。ポテチのコンソメ味が好きかな。』
(あ、僕もそれ好きだよ!偶然だね。)
『…そうなんだ。』
(じゃあ、おやつがわりについでに買っていこう。)
『そうやって無駄遣いを…』
(いいじゃないか。食べたくなったんだよ、急にさ。)
『……まあ、いいんじゃないか?』
(やったね。)
キラに納得してもらえたことが嬉しくて、お菓子売り場へと向かった。
「ライト!板チョコ買ってくれるのか?!」
「ライトさん、食玩!食玩!」
「だから、自分で買えばいいだろうが!」
広いスーパーのお菓子売り場で、ライトの子供を叱る声が響き渡った。
ほらほら、ちゃんと月さま出てきましたよ!
ライトは正体に気づいていないけどね!
でもでも、
L月のよ・か・んv
...20051109
×おしまい