03:八百屋さん
ライトの帰りを、団地郡中心にある公園のベンチで本を読みながら待つ。
聞いていた時間より帰りが遅いので、おそらく買い物でもしているのだろう。
「帰ってきてからなら、私が付き合ったものを…」
同じくまだ帰らないあの2人が、またぴったりとくっ付いているに違いない。
公園では、団地に住んでいるであろう、小学校にあがるかあがらないかくらいの小さな子供たちがワーキャー云いながら駆け回っている。
元気なものだ。
そのうちの1人の子供が、私を見つけて何故か駆け寄ってきた。
知ってる子供だったか?と首を傾げながら、近寄ってくる子供を見つめる。
すぐ目の前で立ち止まったその女の子は、にこっと私に笑いかけた。
「何ですか?」
「おじちゃん、やおやさんね。」
「(私が…おじちゃん…)…ん?八百屋?」
はてなを浮かべている私を他所に、その子供は持っていた雑草の束を、私の前に並べ始めた。
そしてまた、たったったったっと一緒に遊んでいると思われる子供たちのもとへと戻っていった。
「…………」
これは、もしや…
置いていかれた雑草の数々と、去っていった子供の様子を窺い、1つの仮定を立てる。
「ママゴト。…の、強制参加…ですか、これ。」
子供たちが扱うおもちゃは、食器やらお鍋やら、どれもキッチンで見られるような家庭用品ばかりだ。
但し、精巧に作られた偽物だが。
リアルに拘った逸品ばかりのおもちゃで、子供たちは楽しそうに遊んでいた。
ライトが帰るまでは、どうせしばらくここを動かないのだからと、子供の遊びに付き合うことにした。
(といっても、ただ雑草の山の前で座っているだけだが。)
「ママゴト、か…」
ライトがあの歳くらいの時のことを、実はあまり覚えていない。
子供と共に過ごす生活というものに慣れていなかった私は、ライトをワタリに任せ、ほとんど育児放棄していたのだ。
はじめこそ、月くんとの念願の子供。大切に大切に育てていこうと思っていた。
しかし、理想と現実は違った。
泣いて、喚いて、私の生活リズムを著しく崩してくれる。
”泣くのが赤ん坊の仕事”とはいうものの、私の仕事の都合も考えて欲しい。
赤ん坊相手に理不尽な考えだとは思いながらも、2ヶ月もせずに私はライトを放り出した。
なまじ月くんに似ているだけに、愛しいヒトを亡くしたあの日を思い起こさせ、余計に私をイラつかせた。
月くんを失ったのはこの子のせい……
そこまで考えるようになり、自己嫌悪に陥った。
しばらく仕事も手につかなくなり、已む無くライトが3歳になった時、夜神さんにライトを2年間預けて距離を置いた。
その2年間は、とにかく仕事に没頭した。
ライトのことはもちろん、月くんのことすらも思い出さないくらいに夢中で数多の事件と向き合った。
おかげで、目の下のクマはますます濃くなっていった。
私の身体を心配したワタリの勧めで、Lの後継ぎ候補であったニアとメロに、L以外の名を譲ることにした。
仕事は軽減され、少しずつ心のゆとりを持つことができた。
そして色々と肩の荷が下りて落ち着いた時、思い出したのは、ライトのことだった。
元気にしているだろうか。
どれくらい大きくなっただろうか。
…私のことを、覚えていてくれているだろうか。
たまらなく、会いたくなった。
『……あ、の子と……幸、せに……』
愛しいヒトが、最期に云い残した言葉がふいに思い浮かんだ。
あの子と幸せに。
一緒に幸せになれと、月くんは云った。
「――ワタリ、日本へ帰ろう。」
自然と私はそう口にしていた。
帰りたいと思った。日本に。
そして、ライトと共に暮らそうと決心した。
残っていた仕事を片付けている間に、ワタリにライトと共に過ごすための住まいを手配させた。
できるだけ庶民的なところがいいというリクエストに応え、ワタリは団地という楽しそうな家(ホーム)を用意してくれた。
これならば、月くんの望みであった”普通の子育て”ができるだろう。
すべての準備が整い、私は2年ぶりに再会する息子を迎えにいった。
キラ事件の折、数日間監視カメラで見ていた夜神家だが、実際に足を運ぶのは初めてだった。
息子に久々に会える緊張から、チャイムを押す手が震えた。
らしくない。
「竜崎!…いや、もう『竜崎』ではなかったな。」
「『竜崎』で構いませんよ。長いことそれで通していたので、逆に落ち着きます。
お久しぶりです、夜神さん。あ、お義父さんとお呼びした方がよかったですか?」
「…………」
「冗談です。――ところで、ライトはどこですか?長く預けてしまい、本当にスミマセンでした。」
「ああ、それなんだが…」
「…ライトに何か?」
夜神さんは渋面のまま、2階へと視線を移した。
「お前が帰ってくると云った途端、月の部屋に篭もってしまったんだ。
朝からずっと、出てこない。」
「出てこない?…失礼します。」
かって知ったる初めて訪れた家。
私はすぐに2階にある懐かしい景観の、月くんの部屋へと向かった。
扉の前に立つと、いよいよ緊張が高まった。
この扉の向こうに…
「ライト。…居ますか?」
返事はない、が、声に反応し物音がした。
確実に、いる。
「その…、何て云ったらいいのか、そういえば考えてきませんでした。
お久しぶりです、というのも変ですが…。会いたくて、帰ってきました。これからは一緒に、」
「嘘つき!」
部屋から、初めてライトの言葉が返ってきた。
震えた声だった。
「……ライト?」
「会いたかったなんて、嘘だ!ぜったいぜったい、嘘だ!僕を、捨てたくせに!」
「捨てたなんて、」
「嘘だっ!僕なんかいらないくせに!僕なんか、どーでもいいくせに…!!」
痛い、言葉だった。
2年という月日は、やはり長すぎたのだ。
ライトの傷ついた心が、扉の向こうから伝わってくる。
捨てたなんて考えは決してなかったが、しかし、私の行動を振り返ってみれば、完全には否定できない言葉だった。
「…捨てられたと思うのは、無理ありません。確かに私は、貴方から離れた。…逃げたんです。
謝っても許してもらえないでしょうが、本当に、申し訳ないと…思っています。」
「キライ、だ…。パパなんか、大っキライだ…!」
ぼすっと鈍い音がして、ドアが揺れた。
何かを投げつけたのだろう。
泣いている。
泣いているのに、扉の向こうにいるせいで、私は何もできない。
苦しかった。
だが、この苦しみはライトがずっと抱いていた苦しみだ。
だから、逃げてはいけない。
もう、逃げてはいけない。
「ライト…。私は、もう絶対に貴方から逃げません。一緒に暮らしたいと思っています。
でも、もし貴方が此処に、夜神さんの家で暮らすというのであれば、無理に連れていきません。
貴方と暮らすつもりで用意した家で、待っています。貴方が許してくれるまで、ずっと。ずっと待ってます。」
「…………」
「でも今日、ひとつだけ嬉しかったことがあります。
それは、貴方に『パパ』と呼ばれたこと。
ライトが、私のことを父親だと思ってくれているんだと。それが解かって、嬉しかった…」
「――――」
「貴方は、私と月くん――貴方のお母さんの、大切な子どもです。
どうか、それだけは忘れないでください。」
何日でも何ヶ月でも、何年でも待つつもりだった。
ライトが許してくれるまで。ずっと。
2人で、幸せになれる日を。
名残惜しいが、私は扉から離れた。
階下では、心配そうな顔をした夜神さんが待っていてくれていた。
「スミマセン。そういうわけなので、あの子のことをよろしくお願いします。」
「ああ、それはもちろんだ。大切な孫、大切な息子の忘れ形見だからな。」
「そう云っていただけて助かります。夜神さんには頼ってばかりで申し訳ないです。」
「気にするな。その…、お前は私の…、もう1人の息子のようなものだからな。月が選んだ相手だ。」
「夜神さん…」
月くんとの結婚を、一番反対していたのは他ならぬ父親である夜神さんだった。
もしかして、一生許してもらえないのかもしれないと思っていただけに、思いがけなく嬉しい言葉だった。
『家族』というものを、初めて実感した。
私が、求めてやまなかったものだ。
こういう形でも家族は増えていたのだ。
(月くん…。貴方が私に残してくれたのは、ライトだけではなかったのですね。
こんなにも大きな…。やはり貴方には、敵わないですよ…)
この先絶対、貴方以上に愛せる人間なんて現れないと思った。
…ずっと前から、解かりきっていたことですけどね。
「夜神さん。月くんをこの世に生んでくれてありがとうございました。」
「バカ…、産んだのは幸子だ。」
「そういう意味ではありませんよ。」
何かひとつでも欠けていたら、今のこの幸せを知ることはなかったから。
例えば、夜神総一郎という人間。
”L”という探偵。
キラ事件。
死神と『デスノート』という恐ろしい殺人兵器。
夜神 月。
そして…
「――パパっ!」
気付けば、目の前にはすっかり大きくなった19歳の愛息子の姿があった。
愛しいあのヒトそっくりな顔が、私の顔を不思議そうに見つめている。
「ライト…」
「こんなところで何やってるの?」
「貴方の、息子の帰りを待っていたんですよ。」
「…雑草の前で?」
「ゴミと間違えられたんじゃねーの?」
ライトの後ろには、買い物袋を持ったメロとニアの姿もあった。
意地悪そうなセリフは、もちろんメロである。
「おかえりなさい、ライト。遅かったですね。」
「うん、ただいまパパ。帰りに買い物してたんだ。」
今日の夕飯はクリームシチューだよ、とがさごそと持っている荷物を覗くライト。
そして、買い物中にあった出来事を楽しそうに語りはじめた。
(ああ、幸せですね…)
生活の中の、こんな小さな1場面が、こんなにも幸せだと知ったのはライトのおかげである。
もちろん、月くんのおかげでもある。
首から下げたロケットの中にある、愛しいヒトの写真に心の中で語りかけた。
ありがとう、と。
「メロ。その荷物をニアに預けなさい。」
「は?何で?」
「貴方に重大な任務を与えるからです。」
「重大な…。まさか…!」
Lから与えられる、重大任務。
メロが断るはずもない。
さっさとちょっと不満そうなニアに荷物を預け、メロはわくわくとした表情を隠しもせずに私の言葉を待った。
立ち上がり、ライトの持っていた荷物を受け取りながら、先ほどまで座っていたベンチを指差した。
「とりあえず、そのベンチに座ってください。」
「ベンチ?おう!」
「そして、これから来るお客様の相手をきちんとしなさい。」
「お客様?もしかして、なんかの情報を…?よし、解かった!任せておけ!」
「ではよろしくお願いしますね。立派な八百屋さんの店主を勤め上げてください。」
「おうよ!立派な八百屋さんの店主を!……って、はあっ?!」
「彼女たちに失礼のないように。」
八百屋役が変わったことを子供たちに伝え、私はライトに手を差し伸べた。
「さあ、帰りましょう。我が家へ。」
「うん!」
手に入れたこの幸せを、もう二度と、絶対に手放さない。
シリアスな『八百屋さん』お題になってしまい、自分でもビックリ。
団地色を出したかったのですが、団地っぽさが出せたかな?
竜崎の持っているロケットは両面式で、月とライトの写真が入ってます。
肌身離さず持ってます。
...20060711
×おしまい