愛しているよ、今でも。
…もう、伝える事は叶わないけどね。
05:夜の生活
混沌の中にいた。
四肢を伸ばすと何かもったりとしたモノが纏わり付く感覚が、身体の動きを緩慢にする。
まるで、水の中を漂っているみたいだと、月は思った。
視界には何も映らない。
こんな不可思議な状態でありながら、月は恐怖や不安を感じていなかった。

初めてのことではない、いつものこと。慣れていた。

神経を研ぎ澄ませれば、身の回りの気配を感じ取ることができる。
とても近いところから、安定した寝息が聞こえる。
それもどおりで、これは己の身体から発しているものだった。
正確には、自分の身体ではない。
これは息子と呼ぶべき存在、ライトの身体。


何の因果か、月の自我はライトの中に存在していた。
そのライトは今、眠っている。
ライトが熟睡中であっても、月は別の意思を保ち、眠らずにいることができた。
何故だかは、月自身にも解からない。
意識は保てるが、自由に身動きができるわけではない。
月の意思で動けるのは、ライトの意識があるときに限られる。
あくまで意識を保てるだけであって、混沌の中に漂う存在になるのであった。


死んだはずの自分が、どうしてこんな状態で自我と記憶を保っていることができるのか。
月は1つの仮説を立てていたが、明確な答えを出せるほどの確信はなかった。
ただ、確かめる方法がないわけではない。
もし月の仮説が当たっていれば、おそらくこの状況から脱することができるだろう。

すなわち、”夜神月”の自我をライトの中から抹消することができるということだ。

解かっていながら、月はずっと行動できずにいる。
消えるのが怖い、というような卑小な感情が理由ではない。
もちろん怖くないといえば嘘になるが、自分には死んだ自覚もあり、消えるべき存在だと思っている。

このままで良いはずがない。
死んだ人間が、(息子とはいえ)他者と意識を共有し、
あまつさえ行動さえも関与できるこんな状態が続くなど、あってはならない事態なのだ。
月がライトなら、そんなこと絶対に許せない。
この身体は、『ライト』のものであって『月』のものではないのだ。
そのことを、月は誰よりも自分がよく解かっている。
そして、息子のライトが自分にとてもよく似た思考をしていることも理解している。

だから、自分が消えることが、最も有効で正しい選択なのだ。
――だが…

(消えたら、もう竜崎に会えない……)

月が行動に移せない、最大の理由であった。

月の仮説を確認するためには、あの場所に行く必要がある。
そして、それにはライトの協力が不可欠だ。
無関係であるライトを巻き込みたくない。
そういった思いももちろんあるが、ライトの中に自我が存在している以上、
それは避けられない問題なので、ただの言い訳でしかない。

ライトを産んで、途絶えてしまうはずだった竜崎との時間。
こんな形ではあるけれど、今もそれが続いている。
もちろん、竜崎の知らないところでだが、月は十分満足していた。
一方的な、時間の共有。
それはまるで片想いのように、苦しみとともに、幸せを月に与えてくれる。

息子という立場だが、竜崎に触れ、目線を合わせ、会話ができる。
しかも、自分は今『キラ』ではない。
竜崎の息子で、デスノートの存在も知らない、ごく普通の『ライト』という存在。
『キラ』ではない自分が『L』ではない立場の竜崎と共にある。
絶対にあり得ないと思っていた、幻のような現実だ。


夜神月はキラだった。
世間では公表されていない、それが真実。
だが、竜崎はそれを揉み消した。
月には、犯した罪は許さないと云いながら、でも私の傍にいてくれと懇願した。

竜崎は『キラ』の罪を憎み、そして同じくらい、もしかしたらそれ以上に『月』を愛していた。
通常なら相反しているその想いの中で、竜崎は、最後に正義より月を選んだのだ。
こういうと聞こえがいいが、竜崎はただ必死だったのだろう。
正しい道が解かっていながら、それを拒み、己の願望のままに世界を裏切った。

『L』として、正義を無視した失態。
だが、『L』が初めて選んだ、人間らしい選択(わがまま)。

はじめ、月は竜崎のその選択をひどく拒絶した。
キラであった己を否定されたのだ。
しかも、今まで完璧だったLの正義に泥を塗るように、偽の犯人まで仕立て上げて。
これではまるで、竜崎の好意に甘え、助かりたいがために自白したようではないか。
そうじゃないのに。
そんなこと、月のプライドが許さない。
どんなに酷い罰を下されようと、受けて立とうと思っていた。
逆に世界の注目の中、キラの正当性を訴え、世界の目を醒まさせるつもりでさえいた。
その上で自分が処刑されようと、構わなかった。

だから、偽りのキラを世界に公表し、その機会を奪った竜崎の行為を憎んだ。
犯罪者を裁くことは、多少強引な方法だったが、優しい世界を創るためにはやむを得ない手段だったのだと今でも思う。
たとえ、大量殺人犯と罵られようと、神を演じることですべて聞こえないフリができた。
だからこそ竜崎一人を殺すために、記憶をなくし捕まるという、大掛かりな戦略まで実行した。

だが、一つの誤算が生じた。
それが、竜崎だった。


『L』は、新世界創生には邪魔な存在でしかなかった。
優しい人間のために何もしてくれない、『L』の正義は機械的で冷たい。
だから、邪魔をするなら要らない。そう思っていた。
だが、記憶をなくし一緒に生活する中で知った『竜崎』は、あまりに人間くさく、
優しさを伝えることができない、哀しい人物だった。


「私は一人でもやっていけます。」

上からの圧力により、警察がLと共に捜査をすることを禁じられたあの日、竜崎は云った。
警察ではない個人の協力は要らないと、冷たい突き放し方だった。
口調や態度もいつもと変わらない。
事実を淡々と受け入れ、機械的に捜査本部の人間を切り捨てた。

結局相沢が去り、他の者は警察を辞めることで捜査を続けるという形で話はついたが、
捜査本部内の仲間意識にヒビが入ったのを、月は感じていた。
正確には、『L』と日本捜査本部の間に隔たりがあることを再確認していた。
手錠で繋がっていなければ、自分すらも切り捨てるつもりだった竜崎。
やはり竜崎は『L』なのだと、思い知らされた瞬間だった。


「もし、僕がキラじゃなかったら…」
「月くんはキラです。」
「キラじゃない、ということになったら、」
「月くんは、」
「いいから聞け。」
「…はい。」
「僕がキラじゃないということになったら、僕もこの捜査本部には不要なのかい?」

相沢が去った日の夜、寝室でのことだった。
手錠で繋がれているので、必然的に2人きりになる空間。
枕を並べ、手を伸ばせば届くところにいるのに。そこには壁があることを思い知らされた。
今日の一件で感じた壁に挑むように、月は竜崎に質問していた。

「…………」

返答をしあぐねている様子で、月を上目づかいで覗き込む竜崎。
何の感情も交えないように装いながら、月はその視線を受け止めた。

「……月くんはキラです。」
「だから、」
「――が。もし月くんがキラではなかった場合、」
「……」
「貴方はこの事件から離れたほうが良いと思います。」

やはり。
竜崎の回答に、やるせない失望をにじませながらため息を吐いた。

全国模試一位の成績、東応大学を首席で入学し、いくつかの事件を解決に導いた月。
だが、ただそれだけだ。
他者がどんなに認めてくれようとも、『L』にとっては取るに足らぬ存在。
そう、ただ頭が良いだけの学生でしかない。
月も解かっていることだったが、月自身にはどうしようもないことだった。
警察すら、組織として役に立たなくなったら不要なのに、
容疑者じゃなくなったただの学生など、邪魔でしかないだろう。

「そうか。じゃあ、容疑者とはいえキラ捜査に参加できる僕は、相当運が良いな。」

そっけない態度で話を終わらせるようにベッドにもぐりこむ。

「運が良い、ですか。」
「運が良いよ。世界屈指の名探偵『L』とこうして捜査ができるなんて、光栄だよ。」
「『L』と捜査、そうですね。云われてみれば、そうかもしれません。」
「君が『L』なんだろう?何を他人事みたいに…」
「まあ、私が『L』ということにしておきます。」
「……ああ、僕がキラかもしれないからな。認められないか。」
「いえ、私は『L』です。」
「はいはい。」

煮え切らない竜崎との会話に嫌気が差し、月は早々に眠ることにした。
手錠があっても不便を感じさせないほど広い、スーパーワイドのキングサイズベッド。
新築のこのビルに越してきてまだ数日。このベッドの快適さは何度も実感済みだった。
けだるい疲れも、やるせないこの不快な気持ちも、一瞬で忘れさせてくれる。

「僕はもう寝るよ。おやすみ。」

床に就いた時から変わらない姿勢のままの竜崎へ、おざなりに挨拶を交わす。
睡魔を導くために目を瞑ると、自然と意識は聴覚に集中した。

カチャリ――…

手錠の鎖が音を立てる。竜崎が動いたのだろう。
微かにベッドが沈んだように感じるが、無駄に吸弾力の良いベッドマットは月の睡眠を阻害することはない。
だから、月が目を覚ましたのは違う理由からだった。

「……何?」

髪を撫でられ、頬を包まれる感触に目を開けば、竜崎の顔が目の前に迫っていた。
いつもの無表情で覗き込んでくる竜崎と、見つめあう。
竜崎の手は冷たかった。
手の冷たい人間の心は温かい。何かの書物で読んだ記憶がふと思い出された。

(竜崎の心は、本当は温かいのかな。)

今日の一件からは思いやりも何も感じられなかったが。
冷酷な人間とまでは云わないが、機械的な言動からは、温かさの欠片もないように思えた。
竜崎の手のひらの感触は人間のそれなのに、まるで『L』という機械人形のようだ。

「月くんがキラではなかった場合、容疑者として監禁・拘束までされた貴方は被害者です。」
「…そう、だね。」
「運が良いわけがありません。最悪です。」

わざわざ眠ろうとしていた相手を起こしてまで云いたかったのはそれ?
そんな憮然とした気持ちを視線に乗せ、そのまま竜崎にぶつける。
しかし竜崎は意に介さず、言葉を続けた。
手は変わらず月の頬に当てたままだ。

「キラ事件は、捜査員が死ぬ危険があります。」
「…知ってるよ。解かった上で、僕たちは此処にいるんだ。」
「私は、貴方に死んでほしくありません。」
「え……?」
「だから、月くんがキラではなかった場合、この事件から手を引いて欲しいんです。」

無機質な視線と、冷たい手のひら。
それは変わらない。

――変わったのは、触れ合った唇は熱かった。それが知れただけだ。

「……それは、僕がただの学生だから?」

死んでほしくないと思うのは、『L』として一般人を巻き込めないという正義感からなのか。
それとも――…

月の唇を名残惜しそうに指でなぞり、追及を逃れるように竜崎は背を向けた。

「…私情を挟むなんて、駄目ですね。」
「竜崎。」
「先ほどの言葉は忘れてください。
 貴方はキラです。私はLです。この手錠は外しません、絶対に。」
「…………」

返事を濁し、背を向けたその姿は、懸命に取り繕おうとしているようにしか見えない。
今の竜崎は、意固地に『L』であろうとしているように見えた。
『L』の正義は機械的で冷たい。そう、装おうとしている。

触れた唇の熱さを知った今となっては、彼のその懸命さが、月の目には可哀想に映った。
人間らしい感情を持ちながら、それを表に出すことを許されない。
正義に縛られた哀れな名探偵。

「竜崎。」
「…………」
「今、此処は捜査本部じゃない。」
「…………」
「君は竜崎で、僕は夜神月だ。」
「…………」

起き上った月が、竜崎の背に手を伸ばし、額を押しつける。

「――明日の朝まで、僕たち2人きりだよ…」
「――…」

『L』も『キラ』も関係ない、朝までという数時間だけ許された2人だけの世界。
誘ったのは月。
そして、その世界を受け入れたのは、竜崎。

竜崎という男が、先に知った唇と同じように熱いということを、その日朝まで月は教えられた。


「キラは竜崎を独り占めしていて、ズルい……」

薄らと朝の気配が部屋に差し込み始める頃。
気だるい身体を心地よいベッドに沈め、月は独りごちる。
また今日も、キラ捜査が始まる。
そうなれば、竜崎はまた『L』として『キラ』を追う存在となる。

「―――」
「何?……何で笑ってるの?」

竜崎からふっと漏れた吐息が、笑いが漏れたせいだとその緩んだ口元から察した月は、むっとする。

「いえ、違います。貴方を笑ったわけでは……」
「じゃあ、何だ?」
「ただ、私たちは似ているな、と。そう思っただけです。」
「似ている?」

どこが?

「昨夜月くんは『世界屈指の名探偵Lと捜査ができて光栄だ』って云っていたじゃないですか。」
「それが?」
「その時私は、ひどく『名探偵L』に嫉妬しました。」
「…は?」
「私は貴方に死んでほしくないのに。捜査から離れてほしいのに。
 Lと共にする命がけの捜査を、月くん自身が光栄に思うなんて。悔しいじゃないですか。」
「…………」
「貴方にこんな無体な仕打ちをしている『L』は許すのに、私の望みは無碍にする。悔しすぎます。」

己の右腕にある手錠に頬ずりのようにキスをし、月ににやりと笑む竜崎。
その様子は、昨夜の出来事を思い出させ、妙にイヤラシイ。

「……『L』は君なんだろう?」
「ええ。私は『L』です。」
「じゃあ君は、自分自身に嫉妬したってこと?」
「月くんも同じでしょう?貴方はキラです。」
「…僕はキラじゃない。」
「はいはい。」

これではまるで、昨夜の再演。立場は逆だが。

(まさか、例の”一回は一回”というやつか?)

竜崎が子供じみた理由を口にして蹴り返してきたのは、つい数日前のことだ。
お互い負けず嫌い。

(莫迦ばかしい。)

甘やかな雰囲気に流され、らしくないことを口にしてしまったことを月は後悔した。

「月くん。」

返事が来ないことに焦れたのか、竜崎が月の頬に手をあて覗き込んできた。
その手は、昨夜と違いほのかに温かい。
月の体温が分け与えられたかのようだ。
額に、目元に、最後に唇にキスをされ、月はされるがままに目を閉じて受け入れた。

「――お互い、何でもない『私たち』で出会えていたら、どうなっていたんでしょうね。」
「え?…んっ……」

竜崎のその小さな呟きは、一体どんな顔をして云ったのか、目を瞑っていた月には解からなかった。

『L』じゃない竜崎。
『キラ』(容疑者)じゃない夜神月。

そんなあり得ない出会い方。
想像することも哀しくなるような、罪悪感のない理想。



(――竜崎。君は今のこの状況をどう思ってる?)

竜崎にとってライトは息子。
月にとって竜崎はいま父親だ。
当然、思っていたものとはかけ離れた状況だろうけれど、限りなく理想に近いのではないだろうか。
少なくとも、月はこの状況に幸せを感じている。
――ただ1つ、ライトへの罪悪感を除いて。

「僕はここにいるよ。」

何度、そう口にしようとしたことか。
しかし、それは許されない。
いつか自分は、消えなければならない存在なのだから。

ライトが眠りにつき、混沌に沈むたびに、月は出ている答えを選べずにいる自分を憎み、苦しみ続けた。
やった、L月だ!
このお題は絶対エロスに持ち込まねばという使命感に溢れつつ、どうにも親子じゃなぁと。
どうやら、団地の月はそうとう竜崎さんに惚れ込んでいるようです。
誘い受けなんて、初めてでない?

これでようやく折り返し地点です。
ちなみに、この時点でキラに戻っても月は竜崎を消そうとすると思います。
新世界>竜崎 が 新世界<竜崎 にいつごろ変るんですかね。(他人事)

...20160410
×おしまい