平行線
あぁ、神様仏様。
この際、悪魔様でも閻魔様でも構いません。

「どうか月くんが私の気持ちに応えてくれますように。」

高層ビルの窓から星空を見上げながら、両手を組んだ乙女ポーズで竜崎は願った。
他人の目から見れば、悪ふざけにしか見えないが、竜崎は真剣そのものだ。

「またくだらないことを……。そんなことより、いい加減君もキラ捜査にやる気を出してくれよ。」

手錠で繋がれているため、こんな茶番を見せられる羽目になっている月は、呆れ過ぎて溜め息すら出ない。
だいたい本人の目の前で、星空にそんな莫迦げた願いを掛けたって、嫌味なだけではないか。
いやこれは、遠回しに嫌がらせをされているのかもしれない。
監禁が解かれ、早1ヶ月が経とうとしている。
捜査は平行線のまま、手錠生活が続けられている。

初めこそこんな生活、本当に大丈夫だろうかと心配していたが、環境が良いからか今のところ存外快適に過ごすことができている。
1週間もするうちに、月はすっかり手錠生活に慣れ始めていた。
しかし、竜崎は違ったようだった。

「こんなこと云うのは大変申し訳ないのですが、月くんと一緒に過ごすと、なんとなくイライラするんです。」

1週間後の夜、2人きりの寝室で竜崎は突然そう云ったのだ。
イライラするなんて云われて、当然月は気分を害した。

「僕だって、好きで君と一緒に過ごしているわけじゃない。君がこうやって手錠で繋ぐから仕方なく、」
「ストップ。」
「え?」
「『竜崎』です。『竜崎』と呼んでください。」

不機嫌そうに、そう云い募る竜崎に月は更にむっとする。

「呼び方なんて、どうでもいいだろう?!」
「『君』という呼び方は、不特定多数の相手に使用できる呼称です。月くんには、そんな風に呼んでほしくありません。」
「何だそれ?」

云っている意味は解からないが、月の不快度数は上昇した。
竜崎の云っていることは単なる我が侭でしかないからだ。
我が侭と云うより、やつ当たりに近いかもしれない。

「僕とミサがキラじゃなかったから苛立つきみ……竜崎の気持ちも解かるけど。
 1度の失敗をずっと引きずっていたら、いつまでたっても前に進めないぞ?」
「失敗じゃありません。月くんたちは間違いなくキラでした。」

月と同じようにむすっとして返す竜崎。
即座にキラ認定を下され、月はふぅと呆れた溜め息を漏らした。
初めこそ反発心で文句を返していたが、キラだと云われ過ぎて、1週間した今では通り抜けるそよ風のように受け流せるようになっていた。

「それで?イライラするってどういうことなんだ?
 不満があるなら直すから、具体的に云ってみてくれ。」

一緒に過ごすことでイライラするということは、つまり月と行動することによって不都合な点があるということだ。
細かいことを云えば、月だって風呂やトイレを他者と一緒に過ごさなければならない現状に不満を感じている。
云っても仕方ないことなので、文句は云っていないが。
そんなこと竜崎も解かっていることなので、同じような不満を持っているとは考えにくい。
解消が適わない事象にイライラすることは、さすがにないだろう。
だとすれば、その他解消の望みがありそうな事項があるということだ。
月の協力的な申し出に、竜崎は少し考えるそぶりをしてから、すぐに口を開いた。

「不満……。じゃあまず、ミサさんとデートするのを止めてください。」
「え、ミサ?」

まさかここでミサの名前が出てくるとは予想外だった。
しかし考えてみれば、他人のデートに付き合わされている竜崎の立場を考えれば、不満だと感じていてもおかしくない。
月だって望んでデートに付き合わせているわけではない。それどころか、デートすら望んでいないというのに。

「……僕にそれを云われても。」

ミサの望むまま、ミサの部屋(にあてがわれているフロア)に赴き、気分転換がてら、相手をしているに過ぎない。
竜崎だって、そのことは解かっているはずだ。

「別に会うのは構いませんよ?いや、あまり面白くはありませんが。でも、私の目の前で仲の良い様を見せつけられるのは不愉快なんです。」
「仲の良い様って……」
「ましてや2人で布団をかぶるなんて、言語道断ですよ。月くんの隣にミサさんが来るのでさえ嫌なんですから。」
「…………」

初めて3人でデートした(ただケーキを食べに行って竜崎と殴り合いをして帰ってきた)日、確かに席順で揉めたのを思い出す。
ミサが月の隣に座ろうとするのを、竜崎が席が狭くなるから対面に座れと拒否したのだ。
云われたミサも文句を云っていたが、手錠があるのもあり、竜崎の云い分ももっともだったので、ミサが最終的に折れた。
結果、竜崎と隣り合い、ミサが対面のソファに座るという構図に収まった。
まさか、席が狭くなるというのは単なる云い訳だったとは。
云い訳までして、月とミサが隣り合うことを厭うなんて、竜崎は意外と女々しい性格をしているようだ。
そこまで考えて、なんとなくピンとくるものがあった。

「竜崎、お前。もしかして、ミサのことが好きなのか?」

俄かに湧きあがった名探偵の色恋模様に、月は不謹慎ながら好奇心が湧き上がった。
そういえば、頬にキスされたくらいで「好きになりますよ?」と云っていたくらいだ。
もしかすると、もしかするのか?
しかし竜崎は、月の発言に不快感を露わにしながら即座に否定する。

「何ですかそれ?あり得ません。」
「いやだって、それってやきもちなんじゃないのか?僕とミサが一緒にいるのが嫌だなんて。」

それ以外考えられないとばかりに、ワクワクとした表情も隠さずに月は竜崎に詰め寄る。

「隠さなくていいよ?人を好きになるって、素敵なことだと思うよ。」
「違います。私はあんなに直情的で短絡な女性は好みませんよ。」
「まあ、この話はとりあえず置いておくか。――他に不満なことは?」

竜崎が怒っているのは照れているせいだろうと自己解釈して、月は話を本筋に戻すことにした。
面白がるような月の態度に、納得できないところはあるが、しぶしぶ竜崎は次に不満に思っていることを打ち明ける。

「次は、松田と仲良くするのを止めてください。」
「松田さん?」

ミサの次は松田?
またも予想外のことを云われ、月は首を傾げた。
云われるほど仲良くしたつもりもなかったが、捜査がとん挫している中、唯一意欲的に動いている月の一番手伝いをしているのは松田だ。
おそらくそのことを云っているのだろう。

「松田は月くんにべたべたし過ぎです。曲がりなりにも刑事の癖に、学生の月くんにこき使われて恥ずかしくないんでしょうか?」
「それは……」

云われて、月も納得するところがあったので黙り込む。
松田の分け隔てなく相手を立てることをできる性格は、彼の長所でもあるので、月は好意的に受け取っていた。
だが竜崎はあまり好もしく見ていなかったようだ。
とはいえ、そのことで竜崎に迷惑がかかっているわけではない。
松田が月の捜査協力をすることに不満を感じる理由が、思い浮かばないのだ。
敢えて考えるとすれば、今まで竜崎の指示で動いていたのに、今度はころっと月の指示に従うようになったのが嫌だとか?
そんな子供じみた独占欲のようなもので、竜崎が不満を感じるだろうか?
釈然としない様子の月などお構いなしに、竜崎は話を続けた。

「最後に、もう1つ。これが最も重要です。」
「あ…、うん。何?」
「もっと私に構ってほしいです。最近、パソコンと捜査資料とのにらめっこばかりして、月くんはちっとも私を見てくれません。
 以前はあんなに私のことを、視線で火傷でもするんじゃないかというくらい見つめてくれたのに。
 何故ですか?どうしてですか?キラじゃなくなったからですか?
 2人きりじゃないからですか?だったら今すぐ誰の目も届かないところに移動しますよ?
 監視カメラが気になるなら布団をかぶってもいいですよ?
 お風呂やトイレだって、私は月くんから目が離せないのにどうして月くんは私の方を向いてくれないんですか?むしろ目を背けてますよね?
 月くんが何をしていても、口元や仕草すべてにおいて目に焼きつくほど見ているのに、どうして一度として視線が合わないんですか?
 そんなに私のことを見たくないんですか?私はこんなに目が離せないと云うのに、非常にイライラします!」

息も切らさず一気に捲し立てた竜崎に、月は茫然としてしまい何も云えなかった。
云えないが、云われたことは頭に入っていた。
じわじわと意味を理解することで、月は羞恥で身が焼かれるのではないかと錯覚するほどの恥辱を与えられている事実に困惑する。
見られている自覚は、確かにあった。
しかしそれは、キラ容疑者として見られていると思っていたので、あまり気にしていなかった。
敢えて視線を外していたと云われてしまえば、確かにそういうこともあったかもしれない。
しかしそれは、日本人全般に云える民族性の性質であり、相手を不快にさせないための術でもある。
まさか竜崎が意図的に視線を送っていたとは、考えもつかなかった。

金魚のように口をパクパクとさせて、竜崎に伝えたいことを必死に頭の中でまとめあげる月。
そんな初めてみる月の慌てぶりに、竜崎はじーっと目が離せない。
パクパクする月の口に、タイミングを見計らい、己の人差し指をすっと差し出して咥えさせてみる。
意味があるわけではない。ほとんど無意識による行動だった。
見事に月が指に食い付いた瞬間、竜崎は湧き上がる歓喜にニタァと笑みを浮かべた。
逆に、竜崎の指を咥えさせられた月は、己の間抜けな構図を把握した途端、条件反射のように竜崎の横っ面を平手打ちしていた。

「な、な、なっ、何考えてるんだ、お前は!?」
「い、痛いです……」
「あ、ごめ、……いや、お前が悪いだろう!」

反射的な行動だったので、思わず謝罪の言葉が口を吐いて出てしまったがすぐに思いなおし、抗議する。
竜崎も竜崎で無意識の行動だったので、一回は一回の信念が動かず、ただ痛みに耐えて己の行動を振り返っていた。
月に咥えさせた己の人差し指をじっと見つめ、考える。

(何をやっているのだ私は……。指…、月くんが咥えた指……。顔…、痛い……。指……)

ぱくっと、これまた無意識の衝動に突き動かされ、月が食い付いた指を自分でも咥えてみる。

(月くんが咥えた指……)

頬の痛みも忘れるほどの歓喜が再び竜崎の全身を痺れさせ、口元が思わず緩んでしまう。
横でその様子を見ていた月の全身に、鳥肌がそばだった。
理由は解からなかったが、得体の知れない何かに遭遇したという、生理的な嫌悪感を感じたのだ。

「りゅ、竜崎お前……、おかしいぞ?大丈夫か?」
「月くん……」

正義心の強い月は、理由もなく他者を嫌悪してしまった罪悪感に苛まれた。
ばつが悪そうに、申し訳ない気持ちで、竜崎を精いっぱい気遣う。
その雰囲気を表情から読み取った竜崎は、月のこれまた見たことのない弱々しい様子に再び視線が釘付けになる。
ゆらぁと身体が動き、気付いたら月を両腕いっぱいに抱きしめていた。

(………何をしているのだ、私は?)

自分から行動していながら、困惑する竜崎。
しかし、困惑とは別の感情が触れている全身から湧き上がっているのも感じていた。
その感情は――幸福感。いや、満足感だろうか。
とにかく、腕の中の温もりに、竜崎は今まで感じたこともないほどの興奮を覚えていたのだ。

対する月も、竜崎と違った意味だが、同じように困惑していた。
竜崎の不満を解消するために相談に乗っていたはずなのに、どうして今自分はその竜崎に抱きしめられているのだろうか。
夜更けにベッドの上で男に抱きしめられているという構図が、非常に不自然であることは云うまでもない。
振りほどいてもいいのだろうが、先程から様子がおかしい竜崎を突き放していいのか迷ってしまう。

そんな風に己の思考にそれぞれ悶々はまりながら、元来理性的な2人は、それぞれに今の状況を理解しようと考え、答えを導き出していた。

(そうか、私はきっと……)
(もしかして竜崎は……)

時間の経過とともに、状況分析を終えた2人は、それぞれの結論を相手に伝えようと口を開く。

「月くん、私は貴方に恋愛感情を持っているようです。」
「竜崎、君はどうやらずいぶんな淋しがり屋なんだね。」

ほぼ同時に伝えた言葉はしかし、全く別の見解だった。

「「は?」」

ただ、困惑して洩れた言葉はシンクロした。
お互いが相手に云われたことを反芻する。

「いいえ、そんなことはありません。」
「いいや、それはないだろう。」

お互いの意見を、これまた同時に否定する。
思考速度が同じ2人は、否定されたことに対する反発心も同時に湧き上がる。

「私は月くんを独り占めしたいんです。」
「竜崎は誰かに甘えたいだけなんだよ。」

どこまでも意見が合わない2人。
竜崎は、ずっとイライラしていたのは、月が自分を見てくれない上に、他人に優しくするのが嫌だったからだと解釈した。
月は竜崎の苛立ちを、キラ捜査が振り出しに戻った焦燥感から、救いを求めるように誰かに甘えたかったからだと解釈した。
見解としては、当人(竜崎)の意見が正しいのだろうが、月には竜崎の結論はとうてい納得できるものではなかった。
至ってノーマルな生活をしてきたため、男同士で恋愛感情など発生しうるはずないと思っているのだ。

(夜も晩いし、さすがの竜崎も思考力が落ちているんだな。今日のところはもう寝た方が良いだろう。)

少なからず、竜崎が今の手錠生活によってストレスを抱えているのは事実だろう。
これ以上話を続けていても、疲れが増幅するだけだ。
人間、睡眠をきちんと取っていないと、とち狂った判断を下してしまうものなのだ。
たとえそれが、世界の名探偵Lであったのしても。

「竜崎。今日はもう寝ようか。」
「……そうですね。」

竜崎もまた、考えていた。
真面目一辺倒の月が、素直に自分の気持ちを受けいれてくれるはずがない。
今日のところは、今まで感じていたもやもやとした想いの正体が解かっただけで由としよう。
手錠で繋がれている限り、月とはずっと一緒にいることになるのだ。

(月くんが解かってくれるまで、伝え続ければいいのだ。これから、楽しくなりそうだな……)

すっかりキラのことなど忘れて、竜崎は明日からの生活に胸をときめかせていた。

「おやすみ、竜崎。」
「おやすみなさい、月くん。」

明日はちゃんと解かってくれるといいなとお互いに思いながら、眠りにつく。




残念ながら、1ヶ月経った現在でも、2人の意見が合うことはなかった。

「せめて、月くんが私の気持ちを解かってくれますように……」
「もういいから、今日は寝ようよ。僕は明日も朝から捜査の続きをしなきゃいけないんだから。」
「抱きしめながら眠ってもいいですか?」
「落ち着かないなら、抱き枕でも用意してもらえばいいんじゃないか?」
「ならせめて、手を繋いでください。」
「一体いつになったら幼児退行から抜けてくれるんだか……」

今日も平行線の夜は、更けていった。
あ、あれ?書いているうちに、内容が変わってしまった。
エロいくだらないファンタジーギャグを書こうとしていたのに、何故だこれ。
まあ、閑話休題ということで……

口をパクパクしている時に、指をさしこんでしまうのは、猫好きあるあるです。(猫の場合はあくび)
書いているときに、隣で飼い猫があくびしていたので、思わず月でやってしまいました。
猫ばか竜崎でやればよかったかな。

...20160807
×おしまい