キラキラと輝く流れ星よ。
嗚呼、私の願いを叶えてください…
「どうか、月くんと私の子どもを授けてください。」
両手を組んで、乙女ポーズで竜崎は流星群を見つめた。
「ただの石っころに、そんな力があるわけないだろうが。」
「月くんは夢がないですね~。」
ただの石じゃないです、宇宙の聖なるパワーが篭もった石なのです!と竜崎はなおも食い下がる。
竜崎のそんな言葉を、月は莫迦にしたようにフンと鼻で笑った。
夢じゃ腹は膨れないのさ。
自分と竜崎の食費を稼ぐために、毎日小銭単位の生活を維持している月は、超現実主義者であった。
讃歌を浴びて散華と逝くも酔いのうち
小さな街の小さなおうち、それが竜崎と月の住まいだ。
竜崎は人形師、月はその手伝いをしている。
腕は悪くない。
のだが、2人の生活は貧窮していた。
今日日、大量生産で可愛いキャラクター人形が作れる時代に、一つ一つ手製の人形などなかなか売れないのだった。
それでも2人に不満はない。
今の生活は、多少の苦労はあるけれど、それなりに幸せなのであった。
今夜は7年に1度、ナントカ流星群が接近するということで、2人は窓辺に並んで空を仰いでいた。
皆も同じように星を眺めているのか、街は停電でも起きたかのように真っ暗だ。
そのおかげで、今夜の主役である流星群はより美しく輝いていた。
流れ星に願い事をし始めた竜崎をからかいながら、明日の生活費をどのように切り詰めようか考えている月。
星空に照らされてより美しさを増した月に見惚れる竜崎。
あらかた流れた流星群を、2人はもうあまり見ていなかった。
だから気付かなかった。
2人の頭上でキラキラキラリンと、より一層輝きを増した流れ星があったことに。
その星は、輝きが増しただけでなく、だんだんと大きく――すなわち2人の元へと接近してきていた。
どんどん近付いてきて、眩いばかりの光が2人に降り注ぐ。
そこでようやく、2人は異変に気が付いた。
光はすぐ目の前に迫っている。
逃げる時間はない。
――ぶつかるっ!!
部屋いっぱいに光が満ち、昼間以上の明るさになったとき、2人は知らずにお互いを抱きしめ合い、同時に目を瞑った。
痛く、ない?
っていうか、くすぐったい…
「――って、竜崎!どさくさにどこ触ってるんだ!!」
「うふふ、月く~んv相変わらずもちもちのお尻ですね~v」
抱き合ったままで手を伸ばし、服の隙間から手を突っ込んで月のお尻をうはうは撫でまわしていた竜崎が、月の鉄拳により吹っ飛んだ。
油断も隙もあったもんじゃない。
「変態ですね、あの人!」
「そうなんだよ、まったく。気を抜くとすぐ押し倒してくるし…」
「いいじゃないですか。私たち、夫婦なんですからv」
「結婚してないだろ。」
「身も心も繋がった2人のつながりを、世間では”夫婦”というんですよ。まさに私たちのことですv」
「そうなんですか?」
「認めたくないけど……、そう、なのかな…?」
怒りのためではない赤みが、月の頬を染めた。
何だかんだいって、月も竜崎の事が好きなのだ。
「私も月くんを愛していますよ!」
はいはい。
そんなことより、自然と会話が進んでいるが、おかしな点がある。
「ところで、
――貴方、誰ですか?」
そう、2人暮らしのはずの家で交わされる、3人分の会話。
1人増えているのだ。
「あ、お邪魔しています。実は僕、ながれ」
「不法侵入ですよ。」
「不法侵入だな。」
「月くん。」
「ああ、警察に連絡だな。」
「わあー!待って、待って!!」
電話を持ってピッポッパとやり始めた月に、不法侵入男は大いに慌てた。
「僕は、呼ばれたから来たんですよ~!」
「…竜崎!」
「私じゃありません!私が、月くんと2人のスウィートホームに、誰とも知れない男を呼ぶわけないじゃないですか!」
「なるほど。」
発言に不適切な単語はあったが、とても説得力があった。
やっぱり警察警察っと月が再び電話のプッシュボタンを押そうとした手を、男が抑えた。
が、その手は竜崎の蹴りで男が吹っ飛ばされたことによりすぐに離れる。
「月くん。ストーカーです。この男、私の月くんに不埒を働こうと侵入してきた変態です。」
「変態はお前だけで十分だ。」
「私のは愛です!」
「おそらく、万人のストーカーも同じ答えを云うと思うが。」
「月くんも私を愛してくれているじゃないですか!」
「さぁて。どーだったかな?」
「僕を無視しないでくださいー!」
竜崎の蹴りから復活してきた男が、2人の会話に割り込んできた。
それだけで、竜崎の気分は最悪だ。
「ひぃー!」
真正面から不健康そうなクマが縁取ったギョロ目を向けられて、男が怯む。
その不憫な姿に少しだけ同情した月は、握っていた電話の受話器を置いてため息を吐いた。
「”呼ばれた”と云っていましたが、つまり、貴方は何か用があってここに来た、と?」
「は、はい!そのとーりです!」
「月くん?!私以外の男に優しくするなんて!
浮気?!浮気ですか、これは!?」
「竜崎、話が進まないから黙っててくれ。」
「月くん?!」
月くんが私に黙ってろなんて、黙ってろなんて…!
まるでこの世の終わりのようなショックを受ける竜崎。
そんな竜崎は
わりといつものことなので見向きもせずに、月は男に向き直った。
「先にお訊きしますが、人違いでは?」
「いいえ!確かにこのおウチから、『お星様お願い、私たちに子どもを授けてください』って聞こえてきました。」
「竜崎。
家に監視カメラか盗聴器、いやどうせなら両方だろう。仕掛けられている可能性がある。数にして64個くらいかな?」
「やっぱりストーカーか、キサマ!!私の月くんを納めたデータは、
全て没収且つ私が責任もって保存します!」
「責任もって始末しろ!…しかし竜崎、僕のストーカーとは限らないぞ?もしかしたらお前の…」
「私は月くんのものです!どのみち、こんな変人生かしてはおけません。」
「うわぁー!ち、違いますっ!僕はストーカーじゃありませんっ!」
キラーンとどっちが変人だぁと叫びたくなるような凶悪な顔で近付く竜崎に、男は震えながらずりずりと部屋の壁際まで退いた。
「カ、カメラとか、盗聴器とか、仕掛けてて聞いたわけじゃありません!」
「じゃあ何ですか。半径100M圏内に人の気配がなかったのは確実なんです。
近付かないよう手配しておいたんですから、間違いない。」
「どうりで、静かだと思った。」
「月くんとのロマンチックな夜を、邪魔されたくありませんからv」
「お前の顔を見ているだけで、ロマンの欠片も吹っ飛ぶけどな。」
「いや、あの…。さっきから結構僕、無視されているんですけど…」
「そんなにすぐ死にたいんですか?」
「殺されるのは決定?!」
「まあ、ウチに無断侵入してきたからには、それくらいの覚悟がないとダメですよ。次からは気を付けましょうね?」
あ、次はもうないかーあはは、と恐ろしい事を無邪気な笑顔で云う月に、男は縋り付いて泣きたくなったが、
そんなことをすればまたこのギョロ目に蹴り飛ばされることが容易に想像できたので我慢した。
我慢して、でも話を進めるにはこっちの方が早いしどうせなら美人の方がいいし、という理由で男は月に目を向けた。
その考えは解かるが、そんな不埒者を竜崎が許せるはずもなく、腹を蹴り上げ内臓を潰し苦しめた上で肺をふんずけて圧死に決定。
と息巻いた竜崎だったが、すぐにその考えを察し、もういい加減話を進めたいと思っている月に、ガツッと顔面を鷲掴みにされて止められた。
自分がギリギリ死線を乗り越えたことなど気付かない男は、ようやく話せると押さえつけられた竜崎を横目に胸に手を置いて息を吐いた。
「えーっと、とりあえず僕、マツーダと云います。」
「マツーダさん?」
「はい。」
「そのマツーダさんが、竜崎の戯言を何処で聞いてて、何をしに来たんですか?」
盗聴器や監視カメラの類が家にないことくらい、月には解かっていた。
そんなものがあれば、とっくに発見して、売り飛ばして金にしている。(生活の足しになるから)
解かっているからこそ、不思議だった。
その疑問を察したように、マツーダと名乗った男は得心顔でにっこり笑った。
「僕、流れ星の精霊です。だから、空から聞いていました。」
「…電波系か?」
「はい?」
「いや、カエルの化身がここにいるんだから、流れ星の精霊がいてもおかしくないか。」
「月くん!それは誰のことですか?!」
「竜崎は黙ってろ。話が進まないから。な?」
にーっこり。
「はーいv」
後光が見えるような笑顔を浮かべて竜崎を黙らせる月。
それを見て、犬?!この人、犬だ!莫迦犬だー!!とマツーダは心の中で叫んだ。(でも少しだけ羨ましかったのは内緒だ)
「それで、流れ星の精霊とやらが何しに?」
「それはもちろん!」
そこで一度溜め、マツーダは腰に手をあてふんぞり返った。
偉ぶっているのだろうが、莫迦にしか見えない。
なんて本音は心の奥に仕舞い、月は嫌な予感に眉を顰めた。
「貴方の願いを叶えに来」
「結構です。帰ってください。」
「たんですよ!って云い切る前に断られた!」
ズガ―ンと衝撃を受けたマツーダであったが、そんなこと知ったこっちゃない。
嫌な予感が的中して、その打開策を講じた月はそれを即実行した。
「早く帰ってください。でないとノートに名前書きますよ?」
「この話”デスノート”出てきませんよ!」
「あ、そうだった。」
いっけね。
マツーダの突っ込みに月はぺろりと舌を出してオチャメに笑った。
「…マツーダとやら!」
「とやら?!」
そんな月の笑顔にきゅんきゅんしながら、竜崎が大声でマツーダを呼ばわった。
「私のお願いを叶えに来たと云いましたね?」
「はい、そうですが…」
「つまり、月くんを女性に変え、
毎日あんあん○れ○れ前後の穴に道具使い放題パ○擦りし放題にしてくれるということですね!?」
「その発言だけでこの話が一気に18禁になった!」
「どーなんですか?!」
「んなわけないだろー!!」
ばちこーん!と月の鉄拳が竜崎の顔面にクリティカルヒットした。
音は間抜けだが、拳に捻りを加え殺傷力を格段にアップした攻撃だ。
常人なら気絶するような衝撃であったが、常人ではない竜崎はカエルの化身(月認識)に恥じない動きでぴゅいーんと起き上がった。
その顔の左半面には、目の下のクマより一回り大きい赤い痕が出来ている。
そのうち紫色の痣となるだろう。
しかし月から与えられるものは
例え殺気に満ちた攻撃でも嬉しい竜崎は、満面の笑みで殴られた痕を擦った。
竜崎は変態の名に恥じない、程度の高いマゾヒストだった。(Sっ気たっぷりだから両刀だ。最低…)
「竜崎の変態度が限界を超える前に早く帰ってください、マツーダさんとやら。」
「また”とやら”って!」
「待ちなさい、マツーダとやら。そして、月くん!」
「もう”とやら”でいいです。」
「何だ、竜崎?何か文句でもあるのか?」
「ありまくりです。月くんは、私との愛の結晶が欲しいと思わないのですか?」
「
思わない!」
月は至極きっぱりと云い切った。
そして少し考えて、何を想像したのか少し淋しそうな微笑を浮かべた。
しかし滅多にないことで思わずどきゅんとときめいてしまった(割といつもの事)竜崎が向き直った時には、笑みは既に儚く消えていた。
月の真剣な眼差しが、真っ直ぐと竜崎を射抜くばかりだ。
「いいか、竜崎。僕は何も子どもが嫌いと云っているわけでも、その、お前とのあ、愛の…けけ、結晶?が欲しくないわけでもない。」
「じゃあ、何が問題なんですか?」
「はっきり云おう。
――ウチには、これ以上増える家族を、養えるほどの余裕がないんだ!」
「!!」
厳しい現実を突きつけられて、竜崎は眩暈を覚えた。
そう、2人はボンビー。
明日のご飯の心配をせずに生活できるのは、月が切り詰めて切り詰めて切り詰めた生活をしているからこそ。
八百屋さんに行きにっこり笑顔で奥様や店主を骨抜きにして安く野菜を仕入れたり、
女学生をたぶらかし、月くんこれ…好きだって云ってたから作ってみたの、ありがとうおいしそうだね、なんてお菓子を手に入れたり、
隣りの奥様に愛想を振り撒き、今日作りすぎちゃっていかが、ありがとうございます、なんてご近所付き合いしてみたり、と。
限られた収入源で、いかに”普通”の生活を維持しているか。
これで子どもなんてできてしまったら、それを倍以上増やさなければならないではないか。
…できなくはないけど。
「そんなことしていたんですか、月くん?!」
「竜崎…。でも僕は、君が一所懸命働いてるから、それでいいんだ。これくらいの努力、惜しまないよ。」
「そーじゃなくて!
私以外に笑顔で骨抜きにして、たぶらかし、愛想振り撒いていたなんて!許せません!浮気ですよ、それは!」
「
そっちかよ!じゃあもっと稼げよ、お前!血反吐吐くくらい働いてみろ!」
「
あのー…」
「無理です。私、汗水流して働く種類の人間じゃないんですよ。」
「じゃあ、僕が働きにいく。」
「ダーメーでーすー!そんな危険なこと!」
「
もしもし…?おふたりさーん?」
「何が危険だ!僕なら不器用なお前と違って何でも器用にこなせる!絶対稼いでくるぞ?!」
「そんなの当たり前です!私の月くんは完璧で、何事も上手く何でもやれることは私が一番知っています!」
「じゃあ、何だ!」
「
おーいってば…」
「月くんが働きに外に出てしまったら、絶対どこぞの変態上司がセクハラをしてくるに決まっています!
街で月くんの美しい姿を度々見かけるたびに恋心募り、拉致って監禁強姦する変態野郎が出てくるに決まっています!
電車だかバスだかで移動中、混んでると見せかけて密着してくる痴漢が多発するに決まっています!
変態に月くんが毒されるなんて、私は堪えられません!!」
「
あはは、そりゃもう手遅れですよ。竜崎が変態ですもんね~!」
「黙れ、マツーダとやら!!」
「
うがぁーっ!」
2人の長い会話にどうにか割り込もうとしていたマツーダだったが、無視し続けられ、あげく正直なツッコミのせいで竜崎に蹴り飛ばされた。
ここはおとなしく待っているのが懸命だ、とマツーダはようやく学習した。
マツーダを蹴り飛ばした本人である竜崎は、すぐにマツーダには興味を失い、月に向き直る。
そして唇に右手の人差し指を押し付け、しょんぼりと項垂れた。
「それに……、
貴方が傍にいないと、私が淋しいです…」
「竜崎…」
月と竜崎の周りを、もわもわわんとピンク色の空気が包んだ。
もう、世界は2人だけのもの状態だ。
何であんな会話交わしてこんな雰囲気になれるのか不思議でしょうがないマツーダであったが、ようやく自分が話せると体育座りを解いた。
意気揚々と立ち上がる。
「うおっほん。えー、お2人さん?僕の話を最後までちゃんと聞いてください。」
何やら偉そうなマツーダ。
「まだ居たんですか、とやら。」
「”マツーダ”を付けましょうよ、せめて!」
「まあまあ。で、何ですか?マツーダさんの話って?」
「あのですね、2人の子どもを授けるとは云いましたが、僕に生命体を生み出す力はありません。神様じゃないんで。」
「「なにっ?!」」
じゃあ、この盛り上がりをどーしてくれる?!とばかりに2人はマツーダを睨みつけた。
その剣幕に気圧されながらも、マツーダは尚も説明を続けた。
「そ、それと、既にある生命体を弄くる――つまり、男を女に変えたり、大人を子どもに変えるっていうことなんて不可能です。」
「じゃあ、月くんにあんあん濡」
「
お前はいい加減、18禁発言を控えろ!」
「…は略させていただいて、あまつさえショタ化した月くんのナニをアレしてソレすることも不可能なんですか?!」
「月くんは本当にこんな変態のことが好きなんですか?」
「僕も解からなくなった。――あ、じゃあもしかして、竜崎の変態を治すこともできないんですか?」
「残念ですが…」
「手遅れだったか…」
「いやいや、ヒトをご臨終みたいにやめてください月くん。そして、とやらは気安く月くんに話し掛けるな!」
ぼーんと通夜のような暗さをぱぱぱっと手で振り払い、竜崎は月に抱きついた。
正直うざいという顔を隠しもせずに、月はおざなりで竜崎の頭を撫でる。
羨ましそうに指を咥えて竜崎を見つめていたマツーダだったが、話が進まないので説明を再開した。
「それでですね、『子どもを授ける』とは云いましたが、正確にいうとえーっと、あー、あれだ。あれを動くようにするだけです。」
「「”あれ”?」」
あれってどれ?と2人が振り向いた先にいたのは、2体の人形だった。
1体は、白い面輪をキラキラとした金色の髪が縁取った、黒衣の人形。
もう1体の人形は、白に近い銀髪がくるくるとうねりを成し、目元を目深に隠しているものだ。
こちらは対照的に白い服を纏っていた。
どちらも竜崎と月が作った人形達である。
「”あれ”って、あの人形のことですか?」
「そう。人形に命を吹き込みます。」
「本当に、とやらなんかにそんなすごいことができるんですか?」
「確かに。」
じーっと、疑わしそうに2人はマツーダを睨んだ。
「もちろんです!僕は優秀ですから!」
えっへんと偉そうに胸を張るマツーダ。
やっぱり莫迦にしか見えない。
「でもまあ。本当にできるとして、人形だったら食費を心配する必要はないな。税金も払わなくて済むし。」
「さすが月くん。そーいう抜け目のないところが私は大好きですv」
「当然だ。あーっはっはっは!」
褒め言葉には聞こえなかったが、月は腰に手を当て高笑いをかました。
そんな傲慢な態度に、竜崎はもうメロメロである。
無視されることにいい加減慣れてしまったマツーダは、そんな2人の様子にお構いなしで話を進めた。
「ではさっそく、この2体の人形に名前を付けて下さい。」
「名前?」
「はい。名前に魔力が篭もり、人形が動き出す仕組みです。」
「へぇ。じゃあそうだな、うーん…」
何にしよう。
月は顎に手を添え、立ちながら考えるヒトになった。
自分に子どもができたらこんな名前を付けよう、そんなことを妹が産まれたときに考えたことがある。
あの時思い描いていた名前は、何だったか…
「確か―、」
「ポチとタマで。」
「―
そう、ポチとタマ……って何でだ!――竜崎!?」
「じゃあ、カンカンとランラン。」
「どこのパンダだ!」
「白と黒のイメージで作ったので、丁度いいじゃないですか。」
「何が丁度いいんだ、何が?!」
月は怒り奮闘の体で、ふざけたネーミングをする竜崎の胸倉を掴み、がくがくと揺さぶった。
「仮にも僕と君の子の名前だぞ?!どーして真剣に考えてくれないんだ?!」
「だって私、月くん以外に興味がありませんから。」
「子ども欲しいって云ったのはどの口だ!」
「私が云ったのは、子ども自体ではなく、子作りの過程をお誘いをしていただけでして……」
「
この変態!お前なんか大嫌いだー!!」
掴んでいた手を引き寄せ、その弾みを利用して、月は竜崎の顔面に力いっぱい拳をお見舞いした。
崩れ折れる竜崎から手を離し、月はその場に座り込む。
「マツーダさん…。せっかく来ていただいたのに悪いんですが、もう用はないです。スミマセン…、帰ってもらえますか?」
「でも…」
「いいんです!帰ってください。僕、もう諦めましたから…」
「いや、そうじゃなくて。降りてきちゃった以上、僕、お願い事叶えないと帰れないんですよ。」
「
じゃあ一生地上で暮らしてろ!」
「ふごっ!」
空気を読めないマツーダの顎に、月は力いっぱいアッパーを決めた。
完全に八つ当たりである。
「…別に、お前との愛のどーたらが欲しいっていうわけじゃないさ。
でも、でもさ!ほんのちょっとだけ、本当に本当に少しだけ…嬉しかったんだ…。
お前と僕は男同士で、結婚できるわけでも子どもが作れるわけでもない。それでも一緒にいたいから、いままでこうして過ごしてきた。
お隣りの奥さんが妊娠した時、心のどこかで羨ましく思っていた。すごく、幸せそうだったから…。
竜崎と2人でいるのは確かに幸せだよ? ――でも、家族が増えるっていいなって、そんな幸せも感じてみたいって……」
下を向いたままぽつぽつと語る月。
泣いているのか、と思い、マツーダは月の伏せた顔を覗き込んだ。
…そして、後悔した。
月は、
どこの大量殺戮者かというほど恐ろしいキラ顔をしていたのだ。(月は悲しいのではなく、悔しいのだ)
マツーダは恐ろしさのあまりガタガタと震え、その原因である竜崎を恨めしそうにじろぉりと睨みつけた。
睨みつけられた竜崎はといえば、月に殴られた格好のまま、天井を睨みつけている。
もしかしたら、目を開けたまま気絶しているのかもしれない。
「それなのになんだよ!!変な期待させやがって!
――竜崎のカバーっ!!出目金、カエル野郎!!」
「―――メロとニア。」
「
ふにゃちん、へんた……え?」
月が力いっぱい罵っている声に紛れて、竜崎がぽつりと何かを呟いた。
釣り込まれるように月は、隣で倒れている竜崎を振り返る。
月の視線を感じているだろうに、竜崎は微動だにせず、天井の一点をじぃっと見つめたまま再び口を開いた。
「金髪の方がメロで、銀髪の方がニアです。どうですか?」
「竜崎?」
「貴方に殴られてから今まで、脳ミソ振り絞って考えてみました。」
「メロ?ニア?それって…」
「ええ。この子達の名前です。何となくですが、案外イイ名前ではありませんか?」
「メロ…ニア…」
月は舌の上で転がすように、竜崎の付けた名を繰り返し呟いた。
そして、棚の上で肩を寄せるように並んでいる2体の人形を見つめる。
「……いいかも。うん、イイ名前だ。」
「そうですよね。人形とはいえ、仮にも私と月くんの子ども。どうせなら可愛い名前を付けてあげなければ。
――2人で大切に育てていきましょうね?」
「うん…!」
「――どうやら、決まりみたいですね。では、さっそく…」
なんとか平和解決したと判断したマツーダは、どこから取り出したのか、先端がキラキラと光を放つ短い棒を人形にかざした。
雰囲気的に、魔法のステッキだと思われる。
その光を浴びた2体の人形は、ぼおっと光りを纏い始めた。
「汝に名を授ける。目覚めよ、”メロ”!」
マツーダに呼ばれ、ぱちっと黒衣の人形が目を開けた。
深海の蒼を思わせる瞳が、たちまち輝きを帯びてゆく。
「続いて、汝にも名を授ける。目覚めよ、”ニア”!」
今度は隣に座る白衣の人形に呼びかけるマツーダ。
その声に反応して、こちらはゆっくりと目を開けた。
黒曜石を思わせる瞳が、同じく輝きを帯びる。
「そぉれ!」
マツーダの掛け声で纏う光が強さを増し、2体の人形が宙に浮いた。
浮いた2体の人形はカタカタと身体を動かし、光を放ちながらみるみるうちに大きくなっていく。
人間でいうところの10歳くらいの大きさになったところで、人形の帯びていた光が弱まっていった。
光が完全に消えると、部屋の真ん中には、金髪と銀髪の子どもが2人ちょこんと立っていた。
「さあ、できましたよ。」
呆然と目の前で繰り広げられた光景を見入っていた月と竜崎は、マツーダの言葉にはっとした。
さっきまで確かに人形だったものが、今、目の前で自分で立っている。
操りの糸もなければ、立たせるためのスタンドもない。
信じられない光景である。
「……これ、本当に動くんですか?」
竜崎が人形を指差しながら、疑わしい眼差しをマツーダに送った。
どうしてもこのダメそうなやつが掛けた魔法が、成立するとは信じたくないようだ。
しかし、竜崎のその疑問をマツーダが答える前に、人形が動いた。
がぷりっ!
「へ?
…いだだだっ!」
指し続ける竜崎の指に、金髪の――メロと名付けられた人形の方が力いっぱい噛み付いたのだ。
一瞬呆けてしまったが、ぎりぎりと力を込められて、竜崎は痛みに声を上げる。
「いたっ、痛いです!ちょっと、はなしなさい!」
「へぇ~。本当に生きてるんだな。」
「月くん!感心してる場合ではありません!なんかコイツ、全然はなれないんですけど!助けてください!」
竜崎の助けを求める叫びを完全スルーした月は、もう1人の銀髪の人形――ニアの方へと手を差し伸べた。
「こんにちは。僕は月。君の製作者のひとりだ。初めまして、ニア?」
「…………」
じっと差し出された手を見つめていたニアだったが、不意にぶつかるように月に抱きついた。
いきなりのことで驚いた月であったが、ぐりぐりと頭を押し付けてくる仕草に、甘えているのだと理解した。
可愛い…!
愛しさが込み上げる。
自然と月はしがみ付いてくるニアの背に手を回し、ぎゅっと抱きしめ返していた。
そんな光景を見せられて、焦ったのが竜崎だ。
「ちょ、貴様!私の月くんから離れなさい!お前もいい加減、私の指をはなしなさい!」
指に噛み付きながら睨み上げてくるメロを懸命に振り払おうとする竜崎であったが、すっぽんのようになかなかはなれてくれない。
「ちょっと!全然可愛くないですよ、こいつら!!マツーダ!?どーいうことですか!」
「いやぁ、出来に関しては僕は一切責任ありませんので。」
「どーしてですか?!お前さては、私に懐かないように細工をしましたね?!」
「いやいや、そんなことはしてないですよ。何ででしょうかね?うーん。ん、もしかして…」
「何ですか?!」
「
子どもは”素直”だから、竜崎には懐かないんじゃないですか?
子どもには、良い人間と悪い人間を見分けられるんですよ!あははははっ…ぐぎゃっ!」
僕って天才!と得意げなマツーダを、竜崎は蹴りつけた上にぐりぐりと踏んづけてやった。
「いいから、早く魔法を掛け直せ!”素直”で可愛い子に!」
「で、でも…、げほっ…い、いんですか…?
一度吹き込まれた命を消すってことは、この子達を殺すっていうことですよ?」
「何っ!竜崎!何てことを云い出すんだ!」
なんとか竜崎の足の下から抜け出したマツーダが、気まずそうに云った。
それを聞いて、ニアを抱きしめてはにゃーんとなっていた月が、竜崎をキッと睨みつける。
またあの、マツーダが恐れおののいたキラフェイスである。
「で、ですが月くん、こいつら可愛くな」
「
こんなに、こぉ~んなに可愛いのに、何が不満だって云うんだお前は!」
さっきまで竜崎の指に噛み付いていたメロまで、てけてけと月に駆寄り、抱きついた。
くぅ、可愛いっ!!
しがみ付くように縋る2人を、月は愛おしむようにぎゅっと抱きしめてやった。
その様子はまるで、おぞましいカエルの化身を怖がって、母親に助けを求めている子どもたちの図である。(そのまんま)
すっかり竜崎は悪者扱いだ。
「
竜崎なんて、大っ嫌い!」
「そ、そんなっ…!」
殴られても平気だった(むしろ喜んでいた)竜崎だったが、その言葉には大きな衝撃を受けた。
月から嫌われることは、竜崎にとって、死刑宣告も同じだからである。
月に嫌われるくらいなら、好物の甘いモノを一生我慢するほうがマシだ。と、常々竜崎は思っているほどだ。
実際にしろと云われたら困るので云ったことはないが。(倹約家の月のことだから、云ったが最後、実行しそうで怖くて云えない)
「……解かりましたよ…。私が悪かったです。謝ります。すみませんでした。
子ども達には、これから好かれるよう、私が努力します…」
結局、竜崎の方が折れるしかないのだった。
「ありがとう、竜崎!君なら解かってくれると思ってたよ。」
「ええ、まあ…。月くんの喜ぶ顔に比べたら、私の心の傷なんて安いもんですよ。はは、は……はぁ…」
なんか納得いかない…
釈然としないものを感じているものの、重々しいため息を吐くことくらいしか、竜崎にはできない。
「いやぁ、喜んでいただけて僕も嬉しいです!これにて、一件落着ですね!」
「ありがとうございました、マツーダさん。僕たち、協力し合って、この子達を立派に育てていきます。」
「ええ、そうしてください。それじゃあ僕はこれで…。
――あ、そうだ。云い忘れていたことがありました。」
「何ですか?」
窓枠に足を掛け、部屋から地味に退出しようとしたマツーダが、
未だ立ち直れていない竜崎と子ども達を抱きしめてほわほわしている月を振り返った。
「僕には生命を生み出すことはできませんが、それを可能とする方法が1つだけあります。」
「それは?」
「それは、
その子たちが『素直で勇敢な子ども達に育つように、愛情込めて育てること』です。
そうすればいずれ、
2体の”人形”は”人間の子ども”になれるでしょう!」
「じゃあ、
それに気をつけて育てていきますね。」
「はい!――え?あ、そうですか?うん。ん?」
あっれ~?注意事項のつもりじゃなかったんだけどなぁ、と首を捻ったマツーダ。
月は、食費やら税金やらの無駄な出費がないよう、2人を”人形”から”人間”に変えないように育てるつもりなのだ。
そう、倹約家の月ならば。
――と、少し立ち直ってきた月大好き人間の竜崎は見破っていた。
しかし、そんな月がやっぱり大好きで、竜崎はやっぱりきゅんきゅんとときめいているのだった。
この夜竜崎は、ベッドの中でニアとメロに邪魔されて、再び「マツーダこのやろう!」と叫ぶがいい。
いわずもがなですが、ピノ○オのパロでした。
...20060617
×おしまい