東応大学に、珍しくアイドルと同姓同名の天才奇人が現れた。
例のごとく、温室育ちの天才美形の隣に、だ。

「おはようございます、夜神くん。」
「……おはよう、流河。もうすぐ5限の授業が始まる時間だけど。」
「業界でのあいさつは、いつでも『おはよう』でいいんですよ。」
「あっそう。」

天才とは思えないくだらない応酬が繰り広げられる教室。
天才2人と同じ授業を受講することとなった哀れとも幸運ともいえる生徒達は、自然2人の様子を固唾を呑んで見守った。
侍魂の瓶詰めは蓋が固くなかなか開かない
少し遅れてやってきた講師は、有名すぎる天才2人が揃っている姿を認め、少し目を見張った。
しかし小さく咳払いをした後、すぐに授業を開始した。
必修でないためか、受講者は少ない。少ないだけあって、授業内容も面白くなかった。

退屈…

ヒマという漢字を帳面一杯に敷き詰めて書いてやりたいほどの退屈が、受講者たちに蔓延する。
無意識に、あるいは意識的に楽しいことを探し始めた。
そして、学生たちの探索の目が行き着く先は一致する。
天才が2人。
奇人と美形、揃っているだけで想像するに面白そうである。
何かないかと探りつつ、何かやれと念を送る。
受講者全員を見渡せる位置にある講師もまた、例外ではなかった。
何かやりそうだと探りつつ、やっぱり何かやってほしいと念を送った。

対する本人たちは、教室中の奇妙に団結した空気を毛筋ほど気にしていなかった。
気付いていないのかもしれない。
それだけ2人は、他のことに集中していた。



流河は見ていた。
夜神月を見ていた。
じっと、じーっと見ていた。
穴が開くくらい、じっとりと流河は月を見つめていた。

夜神月。
最も何かを感じさせた男。
キラかもしれない、その横顔。
奇麗だった。
頬杖を付いたその指、しゃぶりつきたいくらい細く長い。
長い睫毛から影が落ちた頬、とても柔らかそうだ。

(おいしそう…)



月は耐えていた。
退屈な授業に。
リンゴリンゴと煩い死神に。
そして、しつこい視線を送ってくる、隣の男に。

流河旱樹。
胡散臭い男。
”L”かもしれない、殺す必要があるかもしれない男。
でもそんなのはとりあえず、どうでも良かった。

(こいつ、まさか…)



夜神月の頬。
噛み付いたら気持ちよさそうだ。おいしそうだ。

そんな思考がエンドロールのように流れていたが、流河は無頓着だった。
思考にのめり込み過ぎて、自分で何を考えているのか気付いていないのだ。
自分が夜神月を見つめていることにも、少し身を乗り出したことにも、口を開け、歯を剥き出しにしたことにも気付いていなかった。


「――待て、流河。キスならまだしも食うな。」
「………は?」

何を云っているんだ、この男は?
流河は首を捻り、胡散臭げに月を見やった。

「男にキスをするなんて、気持ち悪いことしませんよ。
 それとも夜神くんは、あ、本当にそうだったらスミマセン。そういう趣味の方だったんですか?」
「は……?」

何を云っているんだ、この男は?
月は、失礼な発言を繰り出す目の前の男の首をそのまま捻り潰してしまいたい衝動に駆られながらも、冷静に切り返した。

「そんなわけあるか。むしろ、お前の方がそうじゃないのか?」
「私が?まさか。」

反射のように否定する流河だったが、視線は裏腹に月を追った。


夜神月が喋る。
喋るたびに動く頬。噛みたい…
不快げに寄せる眉に、力強い眼光。口の中で転がして、嘗め回したい…


「だから食うな。」

再び歯を剥き出して近づき始めた流河の顔面を、月はてのひらで押し戻す。
自分の行動をきちんと理解していない様子の男が、憎らしくて仕方ない。
まるでこっちが過剰に反応しているようではないか。

それでもまだ、月は我慢した。
月の忍耐など気付きもしない流河は、胡散臭げな視線はそのままに、さっきと逆に首を捻った。

「食べませんよ。カニバリズムは、身体に良くない影響を及ぼすと科学的に証明されています。
 まあ、夜神くんが保有している病原菌なら、感染してもいい気がしますが。」
「…………」

本気で解かっていないのか?この男、自分の行動や気持ちに。
押し戻してきた手をこれ幸いと両手で捉え、じっと食い入るように見つめている自分の行動に、気付いていないというのか?
そんな莫迦な、ありえない!
なんて性質の悪い鈍感ぶりだ。

「――流河は、ヒトを好きになったことはあるの?」

月は会話の路線を変えてみることにした。
遠まわしに、本人の気持ちやら行動を気付かせてやるつもりである。
しかし、流河の返事は早かった。

「ご想像にお任せします。」
「別に想像したくもないんだけど。じゃあ、どんなヒトが好みなの?」

お前それだけ執拗にヒトのこと見つめたおしておいて、好きじゃないとかどの口が抜かすんだ?
気付け、認めろ。
お前、僕が好きなんだろう?
もう大好きでどうしようもないところまで、きてるだろうが!

そんな噛み付かんばかりの月の迫力だったが、目の前の鈍感男は、並大抵の鈍感ぶりではなかった。

「……夜神くん。」
「…なに?」
「まさか、私のことが好きなんですか?」
「は、そんなわけないだろう。」

ふざけるな、この野郎。寝言は寝てから云え。
違うだろう、お前だろう?明らかにお前の方が僕を好きなんだろう!?という考えが駆け巡ったが、月は冷静さを保つことで流した。
こういう奴は、相手にしないに限るのだ。
無視だ。無視しよう。

そんな結論に月が行き着いた時、とうとう流河は行動を起こした。
月の手に噛み付いたのだ。


細い指。
歯ごたえは、柔らかく弾力があり、ちょっと骨ばっている。
舌触りは、つるつると快い感触。
味は…、


「だから食うなって云っただろうが~っ!!」

夜神月の雄たけびが響き渡り、ネックハンディングツリーが炸裂した。


以後、この授業は履修希望者以上の受講者が集ったというが、天才2人が揃って姿を現すことは2度となかった。
アニメの竜崎は、月に恋をしていることに気付いていないと思うの。
そんな鈍感な部分を書いてみたかったんです。

恋は盲目なのさぁ。

...20070310
×おしまい