夜神月がキラである証拠を掴むため…というのは建前で、本音は月に近付くために、竜崎は大学に入学した。
入学した以上、授業を受けなければならない。
授業なんかより、月にしか興味がない竜崎は、それでも律儀に授業を受講することとした。
できるだけ月と同じ授業を取れるように、必修だけを中心に。
肩を並べて、先生に隠れてコソコソと内緒話をしたりとか。
とっても楽しみにしていたのに。
まさか、月が授業をサボるとは、考えていなかった。
弓を持ち矢を忘れるキューピッド
(つまらない…)
授業を開始して10分、竜崎はすでにどうやって教室を抜け出そうかを考えていた。
どうやら出席重視の授業ではないらしく、他の受講者もほとんどサボっているようで、教室には十数人しか生徒の姿がない。
初回の授業では、あんなに人が集まっていたのに。
月くんと話したい…
甘いモノが食べたい…
月くんとイチャつきたい…
ワタリの淹れたロイヤルミルクティーが飲みたい…
月くんとキラ考察をしたい…
月くんとテニスがしたい…
月くんと一緒にお茶したい…
月くんと触れ合いたい…
月くんとキスしたい…
月くんと…
月くんと…
月くんと…
頭の中は、月のことばかりになっていった。
東応大学は、歴史がある分だけ教室も古く、引き戸を開けるときどうしても音が鳴る。
春先に窓を開けることもしないので、窓から出るわけにもいかない。
バレずにこっそり出ることは、できそうになかった。
――では、堂々と出て行くか…
学校側には、ある程度説明してあるので問題ないだろう。
だいたい、単位を取ろうが落とそうが竜崎には関係ない、興味もない。
よし、と立ち上がろうとした所に、タイミングよく講師が竜崎の方に向かって歩いてきた。
まさか、途中退室は許さないとでもいうつもりか?
少しだけ身構えて待っていると、講師は何やら数枚の紙を竜崎の前の机に置くと、すぐにまた教卓に戻っていった。
周りを見てみれば、他の生徒にも、同じように数枚の紙が配られている。
見ていなかったので気付かなかったが、この紙を渡すために、近付いてきただけらしい。
拍子抜けを食らった竜崎は、ついつい座り直してしまった。
「これから軽いゲームをします。
私が今からいう言葉を、先ほど配った紙に一つずつ書いていってください。」
ゲーム?
少し興味を持った竜崎は、手元に配られた紙に目を通した。
何も書かれていない、B5判白紙の8枚の紙。
腰のポケットに1本だけ突っ込んでおいたボールペンを取り出し、竜崎は講師の云った言葉を紙に書いていった。
1枚目には『友人』
2枚目には『健康』
3枚目には『お金』
4枚目には『家族』
5枚目には『ご近所さん』
6枚目には『自分自身』
7枚目には『名誉』
そして、8枚目には『親戚』と、それぞれ紙の中心にちまちまと書いていった。
「さて、今書いてもらった項目は、君たちが生活している中で確実に関わっていると思います。
よくよくイメージして考えてください。ちなみに、『友人』項目には恋人なども含まれますよ。」
「…………」
「――では、まずその中からどうしても1つ捨てなければならない時、どれを捨てるか、選んでみてください。
そして、選んだ項目の書かれた紙は、粉々に切り裂いてください。」
「捨てるってどういう意味ですか?」
一番前に座る生徒が、講師に質問した。
「そうですね、たとえば『友人』や『家族』などの場合、一生会えなくなる、もちろん連絡もできません。
『健康』の場合は、一生病院に寝たきりの生活を強いられ、『お金』の場合は諭吉はおろか漱石も拝めなくなるでしょう。」
「『自分自身』を捨てるっていうのは、自殺ってことですか?」
「違います。『自分自身』を捨てる場合は、自己犠牲と考えてください。」
「どうしても捨てなきゃダメ?」
「ええ、苦しいと思いますが、選んでください。選ばない場合、そうですね…キラに殺されると考えてみてください。」
「それはヤダな~。」
月くんは…いや、キラはそんな選別での殺しは、絶対にしない。
そうは思ったが、竜崎は何も云わなかった。
世の中でキラがもっとも恐れられているのは、よく解かっている。
それよりも、今はこれである。
(1つ選んで捨てる、か…)
竜崎は、迷うことなく1枚選び出しビリビリに切り裂いていった。
選んだのは、『親戚』である。
竜崎には親戚と呼べる者がいないので、当然の選択といえた。
周りを見ると、悩んだ結果同じように何らかの項目が書かれた紙を切り裂いている。
「皆さん切れましたか?では、また同じ要領で、1つ選んで切り裂いてください。」
「またですか~?」
「はい、難しい所ですが、選んでください。」
「先生。これって、どんどん切らせていって、最後は一枚しか残らないようにするんでしょ?」
「察しがいいですね。そのとおりです。」
「え~!選べないよ~?!」
「そこをなんとか選んでいってください。」
1枚切らせたときに予想は出来ていたが、やはり最終的には残すひとつを選ばせるつもりのようである。
つまり、自分がもっとも重要とするもの、大切なものを残すのだ。
(私の場合、『近所』の項目には夜神さんたちが当てはまることになるのか?
『名誉』はLである地位を捨てること。『家族』はホームの者達、ワタリ、それから……)
色々と試行錯誤しながら、竜崎は一枚一枚切り裂いていった。
難しい選択。
しかし、選ばなければキラに殺される。
「先生~、これ以上切れませ~ん。」
「そうですね、必ずその壁にぶつかるでしょう。…ですが、選んでください。」
竜崎だけでなく、他の生徒も色々と悩んでいるようである。
それもそうであろう。
簡単にぽいぽいと捨てられるものではない。
ましてや、自分の手で切り裂いていくという行為は、真剣にイメージすればするほど苦しいものである。
「さて、皆さんの手元は1枚だけになりましたか?ダメですよ、自分だけ2枚以上あるなんて。」
「でも先生、無理だよ~。気持ち悪くなってきた…」
「とても素晴らしいことですね。いえ、気持ち悪くなったことではなく、真剣に考えられることがですよ。」
竜崎も少しだけ気分が悪くなっていた。
Lである竜崎は、考えること、試行錯誤が仕事ともいえる。
しかし、こんな残酷なまでの選択を強いられたことは、いまだかつてない。
ゲームとは名ばかりで、ちっとも面白くない。
やはりあの時帰っていればよかったと、竜崎は後悔した。
「どうして今日の授業、サボったんですか?」
授業が終わってすぐ、大学内で発見した月を、連れ去るように車に乗せ本部に向かった。
月にはまだ授業が残っていたようだが、そんなの知ったことではない。
竜崎は機嫌が悪かった。
もちろん、授業で受けた変なゲームのせいである。
しかし一番の原因は、月が授業をサボったからであった。
敏感にそれを察知した月は、一言文句を云っただけで、大人しく本部に付いてきてくれた。
「あの先生、レポートとテストでしか評価しないって有名なんだ。
内容も、教科書見れば解かることばっかりらしいし。」
「私にも教えてくださいよ、そういう情報は。」
「…そんなにつまらなかったのなら、途中で抜け出せばよかったのに。」
そうするつもりでした、と云ってしまうのは簡単だが、それを云うのも面倒なほど竜崎は機嫌が悪かった。
いつも以上に砂糖を溶かし込んだコーヒーを、一気に煽る。
その様子を見て、月は訝しげに竜崎を覗き込んだ。
「そこまで悪い授業だったのか?先生自体は気さくでいい先生って評判なんだけど。」
「いえ…、確かに先生は悪い人ではないと思います。」
ワタリに少し雰囲気が似てる、とは、月相手にはまだ云えない。
「さて、今日は何をするかな…」
授業の話にこれ以上触れるのは得策ではないと踏んだ月は、捜査に話を切り替えた。
それを尻目に、竜崎はポットからコーヒーのおかわりを注ぎ、おやつとして一緒に用意したチョコレートケーキに手を伸ばした。
今はとても捜査をする気分ではなかったのだ。
フォークで大きく切り出した、チョコクリームがたっぷりとデコレートされた、ふわふわのチョコレートケーキ。
大きな口でほうばると、舌に絡みつくようなクセになるチョコの独特の甘さが、口いっぱいに広がった。
「…君は、本当に甘いモノが好きだね。」
「あげませんよ。」
「いらないよ。」
堪能するようにじっくりとケーキを味わう竜崎を見て、月は可笑しそうに笑った。
無表情のままではあるが、それでも機嫌が直ったことが手に取るように解かる。
ケーキでご機嫌になるなんて、まるで子どもである。
「では、代わりにこれを差し上げますよ。」
「え?」
代わりもなにも、要らないと云っているのに。
そうは思ったが、差し出されたものを月は素直に受け取った。
差し出されたのは、B5判の1枚の紙。
何か新しいキラ資料かと、月はそれに目を通した。
しばらく紙を睨みつけてみたが、そこには意味不明なことしか書かれていなかった。
深い意味はないようにも思えるが、Lがわざわざ手渡してきたものである。
また新たな策略かと、少し警戒して、月は竜崎に尋ねてみた。
「…何コレ?」
「ラブレターです。」
「は?」
きっぱりと返された答えに、月は一瞬呆けてしまった。
すぐに気を取り直し、もう一度紙に目を向ける。
しかしそこには、先ほど見たことと同じことしか書かれていない。
ましてや、ラブレターと説明されても意味がまったく解からなかった。
その紙には、真ん中辺りに、ちまっとした文字で、『友人』としか書かれていないのだ。
『好き』や『愛してる』などの言葉なら解かる。
しかし、そこに書かれているのは『友人』。
まったく訳が解からない。
「どうしてこれが、ラブレターになるんだ?」
「今日の授業にちゃんと出席していれば、その意味が解かったんですがね。」
「…………」
意地悪そうににやりと笑う竜崎。
莫迦にされたみたいで、なんだか悔しい。
「…じゃあ、授業に出ていなかった僕にも解かるように、説明してよ。」
「お断りします。授業に出ていなかった、月くんがいけないんですよ。」
「……なら、もういいよ。はい、返す。」
「いいえ、それは貴方に差し上げます。私の命が掛かったラブレターなんですから。」
「命が掛かった?
……キラなら、筆跡か指紋で殺せるとでも?生憎僕はキラじゃないから、要らないよ。」
「そういわずに、大切にしてください。」
「…………」
キラが、指紋や筆跡で殺せるとは思っていない。
そういう意味ではなく、竜崎にとってそれは、全てを捨ててでも守りたいものだから。
悩みに悩んで選び出した、竜崎の気持ちである。
意味の伝わらないラブレターは、恋しいヒトの頭をしばらく悩ませ続けた。
あのゲームは、ホントは高齢者体験ゲームなんですが、気にしない方向で。
たぶん竜崎は、『家族』『自分自身』『友人』で悩むと思うんだよね。
自分自身は大切だけど、ワタリいないと竜崎は生活できないから(笑)
でもやっぱり最終的には、月を選んでほしい。これ、乙女の理想定説ね。
テストに出るよ!(なんてね)
...20060131
×おしまい