ぱちっ。と、乾いた音が部屋に鳴り響く。
時々休んでは鳴る、その音の正体は、ニアのパズルを填める音であった。

「ニア。」
「…………」

返事は無い。
いつものことだ。
アトミックに愛してそしてきっと消え去るの
ニアの集中力は並ではない。
一度熱中しだすと、ご飯はおろか睡眠すらしない。

前にメロは、外でサッカーをしていた際、誤ってニアにボールを当ててしまったことがあった。
ただ当たったわけではない。
窓を割って進入してしまったサッカーボールは、その真下でパズルに熱中していたニアに的中した。
当然、当たったのはボールだけではない。
窓ガラスの割れた破片も、ニアに降り注いでいた。
防犯ガラスのため、鋭利な破片が、派手に巻き散ることはなかった。
しかし、それでも細かな破片がニアのクセっ毛には絡み付いてしまっていた。

メロは、急いで駆けつけて、謝ったが、返事はない。
まさか大怪我をしてそれ所じゃないのか?!と思ったが、よどみなくニアの手はパズルを組み立てている。

「ニア?」
「…………」

やっぱり返事はない。

「ニア!」

今度は語気を荒げ、パズルをニアの視界から放り投げてやった。
するとようやくニアは、メロの存在に気が付いた。

「……何をするんですか?」

とても不機嫌そうに睨み上げるニアは、鬼も逃げ出さんばかりに怖かった。
しかし、ずっと無視され続けた怒りから、メロはちっとも怖くなかった。

「何、じゃねーよ!大丈夫かって訊いてんだよ!?」
「……何が?」
「はぁ?!」

ふざけてんのか?!
胸倉を掴み、状況を説明するメロ。

「サッカーしてて、ガラス割っちまって、お前に当たって、悪かったって云ってんだよ!」
「意味不明です。ちゃんと文章にして話して下さい。」
「この場を見て、お前が判断しろ!」
「この場?」

そこでようやく、ニアは窓が割れていることに気が付いた。

「随分と風通しがよくなりましたね。…ん?何か、ぱらぱら降ってきますが、シロアリですか?」

窓を振り向いた際に、ニアの髪に絡まったガラスの破片がパラパラと降ってきた。
しかし、それが割れたガラスの破片だとは気付いていない。

パズルに集中していたために、ガラスが割れたことも、頭にボールが当たったことも気付いていなかったのだ。

と、まあ、それがニアの異常な集中力である。
何度も同じパズルを組み立てていくうちに、慣れていって、集中力は落ちる。
そのときならば、声を掛けると気付いてくれるようになる。
しかし、ひとたび新しいパズルが手に入ったときには、3日は異常な集中力を発揮し続けるのだった。


今日もニアはパズルをしている。
しかも、つい昨日、今 日本でキラ捜査をしているLが(正確にはワタリが)、送ってくれた代物だ。
明日までニアは、声を掛けても答えてくれないだろう。
誰もが解かっているから、他の院生はニアに声を掛けなかった。

しかしメロは、そんな時だと解かっていて、否、そんな時だからこそ、あえてニアに声を掛けた。

「おい、ニア!」

例のごとく、組み立て中のパズルをふっとばし、メロは無理やり交流を試みた。

「……何のつもりですか、メロ…」
「お茶に付き合え。」
「はい?」

訳が解からず、メロを睨みつけると、メロは満面の笑みを浮かべて手に持っていた平べったい箱を見せびらかした。

「Lからの贈り物。俺には大量のチョコだったんだ。」
「……チョコ以外要らないと云ったのは、何処の誰ですか?」
「俺だな。」
「はぁ…」

ニアは、諦めたため息を吐いた。

「一緒に食おうぜ。」
「…嫌がらせですか?」
「おうよ。」

ニアはチョコが苦手であった。
チョコ自体が苦手なわけではなくて、塊のチョコを、そのまま食べるのが苦手だった。
何かの生地に練りこんであったり、融けた状態のチョコであれば、ニアも食べられる。生チョコがギリギリだろう。
しかし、メロが一緒に食べようと云っているのは、そういった類ではない。
まさに、ニアが苦手とする塊のままのチョコであった。

「私、コーヒーがないとそういったチョコは食べられませんから。」
「なら、コーヒー飲みながら食えよ。」
「コーヒーを飲むと、お腹をくだすんです。貴方と違って、私は繊細ですので。」
「知ってる。」

ああ、そうだろうとも。
伊達に、一緒にこのワイミーズハウスで暮らしてはいない。
ニアが塊チョコを苦手とすることも、コーヒーを飲むと腹をくだすことも、メロは知っていた。

「本当にメロは、私のことが嫌いですよね。」
「ああ、大っ嫌いだぜ。」

にっかりと、気持ちがいいくらい爽やかな笑顔を浮かべるメロ。
ニアはむすっとして、ゆっくりとした動作で立ち上がると、メロに投げ飛ばされたパズルを拾い始めた。

「食わねーのか?」
「要りません。」

解かっていて、メロはワザと訊いている。
本当は、Lからの贈り物(チョコ)を誰にも渡したくはない。
ニアが断ると解かっていて、メロはわざわざニアをお茶に誘っているのだ。
全ては嫌がらせのために。

「あれ?パズルはもうやんねーのか?」
「白けました。明日また改めて再開することにします。」
「ふーん?」

拾い集めたパズルを、元の箱にぱらぱらとしまっていく。

「ニア、こっちにも1個落ちてんぞー?」

まぐまぐとチョコを頬張りながら、メロがニアに声を掛ける。
ひょいっと拾うと、それをニアに差し出した。

「ほい。」
「どう……も?」
「ん?どした?」

メロから手渡されたパズルのピースを、ニアは凝視する。
不審に思い、メロがニアの手元を覗き込んだ。
そして、どうしてニアがパズルを凝視しているのかを悟る。

「あ、悪ぃー。」
「…………」

真っ白だったはずのパズルのピース。
その表面には、メロの手に付いていたと思われるチョコが、べっとりと染み付いていた。

「ま、ちょっとくらい汚れたって、大丈夫だろ?」

填まりゃ使える、とメロはケタケタと笑った。

しかしそれは、ニアにとって笑い事ではなかった。
新しく手に入れたパズルは、左角に『L』と描かれているだけで、他に絵柄はなく真っ白。
手がかりはほぼない、難易度の高いものなのである。
同じパズルを何度も組み立てて遊ぶニアにとって、1ピースに付いた小さなシミは、大きなヒントとなる。
すなわち、パズルの全体的な難易度が格段に下がるということである。

「…………」
「んまい。日本のチョコって、こっちより甘いんだな。俺好みだぜ。」

にまにまと、たくさんのチョコを幸せそうに頬張るメロ。
そんな姿を見て、汚辱(パズルにチョコが付いたこと)を受けたニアが、黙っていられるわけがなかった。

「そのチョコレートはそんなに美味しいんですか、メロ?」
「おう。すっげぇうまい。」
「へえ?」

チョコで幸せいっぱいのメロは、ニアの不穏な空気にまだ気付いていない。

「そういえば、メロ。さっきロジャーが呼んでいましたよ。」
「ロジャーが?」
「ええ。おそらく、今日の午後Lから電話が掛かってくると云っていたので、そのことかと。」
「Lから電話!マジか?!」
「おや、今日の朝食会の時の話、聞いてなかったんですか?」
「あんな眠くなるような神への祈りなんて、毎日聞いてらんねーよ。」

食事の前に神へ、感謝の祈りを捧げるのが、院の決まりであった。
しかしメロは、それが面倒で仕方がないため、わざと朝食に遅刻してやってくる。
もともと朝が弱いというのもある。
とにかく、朝の話をメロはいつも聞いていなかった。

「誰か代表して、Lにお礼を伝えると云ってました。メロが選ばれたんじゃないですか?」
「俺が?!」
「私は、そういった社交辞令は苦手なので、断ったんですよ。」

いけしゃあしゃあと、ニアは云った。

「俺、ロジャーん所に行ってくる!」
「いってらっしゃい。」

チョコを放り出し、駆け出したメロをニアはイヤミったらしい笑顔で見送った。

「さてと…。まずはコーヒーの準備をしなければ。」

ロジャーは今日、裏庭の手入れをしているはず。
メロが見つけ出すまで10分。
話を聞いて、嘘だと気付くのに5分。
更にニアが隠れてしまえば、それを探し出すのに1時間。

「十分、間に合いますね。」

メロの置いていったチョコの詰まった箱を小脇に抱え、ニアはコーヒーの準備をしにキッチンへとむかった。
空になった箱を手に、メロの嘆きの叫び声が上がるのは、これから1時間15分後のことである。
ニアだって負けず嫌いです。
腹を壊しても、身体を張って嫌がらせし返します。

でも実はコレ、密かにニア←メロなんですよ。(小声)
メロんはニアたんに構ってもらいたくて仕方ないの。

...20060311
×おしまい