「缶コーヒーでよかった?」
「ありがとうございます。」

某県内では、大人気と云われている砂糖たっぷりで有名な缶コーヒーを竜崎に手渡した。
黄色くて細長い缶が、白い手の中でもてあそばれる。
月は自分用に買ってきた、見るからに苦そうな真っ黒な缶コーヒーのプルタブを開けながらそれを見ていた。

お昼の時間を過ぎた公園には、ヒトがまばらである。
おかげでいつもこの時間にこの公園を利用している月は、空きベンチを探す手間がなかった。
世紀末に唱えるまほろばのごとく君をみつめる
昼下がりの公園には、幼稚園に通うほどではない低年齢の子ども達がキャッキャッと歓声を上げて走り回っている。
その近くで交わされる母親達の井戸端会議の議題は、子どもの悩みか夫の愚痴か、はたまたお隣さんの愚痴か。
ヒトの悪口を云うことだけが生きがいになり始めている主婦の会話など、興味のない月は視線を隣の竜崎に移した。
相変わらず濃いクマが浮かび、不健康そうな顔をしている。
服装も同じで、変わり映えがない。
別に変わって欲しいわけじゃないけどなどと思い、苦いコーヒーを舌の上で転がした。

「夜神さんたちはお元気ですか?」
「変わりないさ。松田さんも相変わらず、天然ボケのままだよ。」
「松田なんか、いえ、松田さんなんかどーでもいいです。」
「そうだった?」

わざわざ云い直す意味があるのか、時々竜崎は松田を呼び捨てにすることがある。
ヒトと一線を引いているL相手に、そこまで境界線を崩せる彼は、存外すごい人物なのかもしれない。
残念ながら、誰も評価することはないのだが。

「早いもんですね、4年なんて…」
「そうかい?僕は、結構長かったって思ったけど。」

青い空を見上げながら答える月は、デスノートを拾ってから今までを思い返した。
拾ってからで計算するなら、実に6年以上の年月が経っていることになる。

あの時は高校生か。
制服を着て、学校に通い、塾に通い、退屈な毎日を過ごして、デスノートで犯罪者を裁いていた。
今でも、退屈な毎日と犯罪者裁きは変わっていないけど。
それでも、遠い昔のようで懐かしく思った。

「僕も歳を取ったな…」
「全然お若いですよ。」
「お前も若いよ?」
「私こそ歳を取りましたよ。」

むしろお前いくつだよ?と問いただしてみたかったが、どうせ教えてくれないだろうから黙っていた。
夏の名残を残す日差しが、確実に秋に近づいている涼しい風で揺れる木々の合間から零れてきて、キラキラと光った。
また一口コーヒーを啜りながら、その光を見つめた。

「月くんは、いつまで経っても奇麗なままです。」
「何それ?」
「この先、いくら歳を取ってもそれは変わらないと思います。」
「口説いてるの?」
「それは前々からです。」
「知ってる。」
「本当に、美しいヒトですね…月くんは。」

本当にそう思っているのかと疑いたくなるほど無表情で、竜崎は月の頬に手を伸ばした。
冷たい手が、すべすべぴかぴかの白い肌を滑る。
月はそれを振り払うでもなく、静かに竜崎を見つめ返した。

「僕は美しくなんてないよ。」
「鏡をご覧になったこと、ないんですか?」
「器の美しさなんて、簡単に作れるだろう。女性は特に、そのスキルが高い。」

たまに下手なヒトもいるけれど、それも愛嬌だ。

「貴方の美しさは、器だけではありませんよ。」
「中身も美しいと?それこそ、ありえない話だよ。」

夜神月はキラ。
犯罪者を殺し、邪魔をするものも殺す。
その全てを裏に隠し、のうのうと今を生きている。

知っているだろう?

誰よりもお前が。
僕に殺された、お前が。

「美しいヒトです。」
「どこが?」
「すべて…。夜神月を構成するひとつひとつが、美しい。」
「…………」
「だから私は、貴方が好きなんです。」

莫迦だ。とおもった。
莫迦で、救いようがない。

でも、愛してくれる。
僕のすべてを。
夜神月を構成するひとつひとつを美しいと云い、愛してくれる。

「僕も竜崎のことが好きだよ。」

こつりと月の足に、何かが当たった。
下を向けば、カラフルな小さなボールが転がっている。
視線を上げると、こちらに走り寄ってくる女の子がいた。

「はい。」
「ありがとう、お兄さん!」

木漏れ日のように眩しい笑顔を振りまき、小さな手で月が差し出したボールを受け取った。
大事そうにボールを持つその女の子は、不思議そうに月を見つめた。

「お兄さんは、さっきから誰とお話してるの?」
「僕?」

月はひとりだった。
ひとりだが、隣にはプルタブの開けられていない黄色くて細長い缶コーヒーがひとつ、置かれている。

「僕はね、お空にいるお友達とお話していたんだ。」
「おそら?」
「そう。時々ね、会いに来るんだ僕に。だから、仕方なく相手してあげるんだよ。」
「今はもういないの?」
「今は…、もういない。――お空に帰っちゃった。」
「さみしくないの?」
「さあ…、忘れちゃった。」
「?」

ふたつ括りにしている小さな頭をぽんぽんと撫で、月は女の子に微笑んだ。

「ほら、お友達が待ってるよ?早く行ってあげないと。」

遠くで女の子の名前を呼んでいる声に振り返る。
早く戻らなければと考えながら、どうしても云わなければならないと思い、女の子は月をもう一度振り返った。

「お兄さん、キレイだね。」
「え?」
「ママみたい。パパが帰ってくるとね、ママいつもキラキラしてるの!お兄さんといっしょね!」

云うだけ云い終わると、片手にボールを抱え、月に手を振って女の子は走っていってしまった。
残ったのは、困った顔をしてその後姿を眺める月ひとり。

「…竜崎は僕にとって旦那か?」

くだらない考えに小さく苦笑して、隣に置かれている缶コーヒーを手に取った。
ある程度の甘いものは口にできるが、このコーヒーばかりは飲めるものではない。(だって、相当に甘い)
解かっていながらどうしていつも、自分は買ってしまうのか。

「どちらかといえば、不倫相手かも。」

このコーヒーは、最近結婚しようと戯言を云い始めた同居人への土産となる。
いつものことだった。
ほんのりホラーのような、ギャグのような、ラブラブのような…

...20060415
×おしまい