月が月であって、月ではない話です。
ぶっちゃけ、月という名の猫です。それだけです。人間になったりなんかしません。本物の猫ちゃんです。

とりあえず読んでみようという方だけ、どうぞ。   
  
戸棚を開けて、中を覗く。
望みのモノが見つからず、次の棚の物色をする。
そして発見した、中身の分からない紙袋。
まずは左右に振ってみる。

――しゃらしゃらしゃら。

やたら軽い音がした。触った感触も柔らかいし、実際に軽い。
一体何が入っているのかと袋の口を開こうとした時だった。

「んにゃーっ!」
「どわぁー!?」

何かが背中に飛びついてきた。
そして思いっきり、爪を立てられる。

「いってー!!痛い、痛い、痛い、痛い!」
「――何をしているんですか、メロ?」
「!」

そして彼――メロの犯行は、発見された。
ねこばか2
振り返るとニアが呆れた目をして立っていた。
じめじめと蒸し暑い6月末だというのに、ニアは文句があるなら云ってみろと云わんばかりに長そでのシャツを着ている。
見ているだけで、暑苦しい。
いや、より暑苦しい存在が今、メロの背中にへばり付いていた。

「おい、月!いい加減降りろよ、いてーんだって!」
「にゃ~ん。」
「”にゃん”じゃねーよ、”にゃん”じゃ。」

人間の言葉が、猫に通じるわけがない。
猫――月はメロが痛がることなど露ほども気にせず、わっせわっせとよじ登り、メロの肩にようやくたどり着いた。
暑くて結いあげていたおかげで、むき出しのメロの耳に、月はふわふわの頬を刷りつけて甘える。
ゴロゴロと喉まで鳴らす様は、撫で繰りまわしたいほど可愛らしく、心温まる仕草である。
だがメロは、心を和ませるどころか逆に怒りの声を上げた。

「だー!暑いっつってるだろがぁー!窓から放り出すぞ?!」
「そんなことをしたら、」
毛布にくるんでサウナにぶちこみますよ?

キレかけたメロの暴言に、冷静なツッコミをいれようとしたニアの語を引き継いだ者がいた。
ニアの振り返る先、メロに殺気にも似た視線を向けるのはこの屋敷の主。
彼は世界の名探偵といわれる、男。
通称、L。
どんな難事件も解決に導きながら、誰もその姿を見たことはないという伝説級の存在。
しかしてその実態は、飼い猫月を尋常でなく溺愛する――ただの猫ばか者であった。

「また貴方達は、勝手にヒトの家に上がりこんで。何をしているんですか?」

マグマをも凍らせるほどのブリザートを吹き荒らしているLに睨まれると、
普段ふてぶてしいまでに勝手気ままなメロの背筋に、ぞくりと悪寒が走った。
下手なことを喋ったら、明日をも見れないようなことが身に降りかかる。
そうメロに確信させるほど、Lは怒りのオーラを身にまとい、いつもの無表情でメロを睨みつけていた。
だが、このまま黙っていても結果は同じだろう。
救いを求めるようにニアに視線を投げかけてみるが、相手はLと同じく無表情で、メロの視線を完全無視している。
どうやらこの場は自分で切り抜けるしかないようである。

「えーっと、ほら。あれだ。……あー!もう、腹減ってたんだよ!食い物探してただけだ!
 いーじゃん、別に!あんた、腐るほど金持ってるだろ?!」

何とか誤魔化そうと考えたが、それも面倒になって、終いには逆ギレ気味にメロは怒鳴った。
街の少年グループのリーダーを務めるだけあって、なかなかの迫力がある。
しかし、相手が悪かった。

「お腹が空いていると、他人のウチに不法侵入して、家の中を物色した挙句、私の愛する月くんに乱暴狼藉を働こうするんですか。
 最低ですね。他人の家に不法侵入することも、家の中を物色することも、犯罪です。この犯罪者が!
「なっ!?俺は、」

まるで自分が強盗犯かのような言い草である。
メロは次代L候補者の一人だ。
その関係で、時折このお屋敷にやってきては、Lの仕事ぶりを見たり、時には手伝ったり、
でもだいたいは昔の事件簿をひっくり返して読んで勉強したりしている。
そんな自分は、Lと決して”他人”ではないはずだ。
その認識は間違っている!と反論しかけたメロより早く、Lは後ろを振り返ると、そこにいたニアに確認する。

「何か間違ったこと云いましたか、私?」
「いいえ。Lは一字一句、すべて真実を述べたと思います。
「ニアっ!」

ニアもメロと同じ、次代L候補者の一人で、いわゆるメロとはライバル関係にある。
敵意剥き出しのメロとは違い、ニアは他候補者にあまり興味を示すことはない。
もっといえば、他者に関心を払うことすらほとんどしないと云っていい。
そのニアが、たとえ相手がLだからといって、片方の言い分に加担するような発言をするのは珍しかった。
だがメロは、これがニアの単なる気まぐれや自分を好印象に売り込もうとしているわけではないということを見抜いていた。
見た目、いつもと変わらない無関心な顔をしているが、ニアは今、実はとてつもなく怒っているのだ。

その理由は、現在メロの肩に乗り、ゴロゴロと喉を震わせている猫――月のせいである。
月は、あまりニアに懐いていない。
ニアが密かにそのことに傷ついていることを、メロは知っていた。
月に懐かれようと、ニアの努力の姿を何度も目撃しているのだ。
対して、特に何かしたわけではないが、メロは月にとても気に入られていた。
乱暴なことをするわけではないが、近寄ってくる月に威嚇してみたり、
さも遊んでくれと云わんばかりに目の前に咥えてきたネズミのおもちゃを、庭の遠いところ目掛けて投げつけてやったり。
毎度自分から遠ざけようと、邪険に扱っていた。
(と思っているのは実はメロだけで、月にとってメロは、いつも遊んでくれるイイ相手なのである。)

「にゃーん。ゴロゴロゴロゴロ……」
「こら、月!毛がくっ付くって、わっぷ!」

ニアとLに睨まれ、窮地に追い込まれているメロのことなどお構いなしに、月は更にメロに甘えだした。
普段以上の甘えぶりに、メロは困惑する。
そして、そんな姿を見て飼い主であるLは気が気ではなかった。

メぇ~~ロぉ~~。今すぐ私の月くんから離れなさ~~い!

今すぐ蹴りをぶちかましてやりたいが、そんなことをすると月にも被害が及ぶのでどうにか堪える。
あんなに甘えられたこと、私でさえないのに!許すまじ、メロ!
Lの形相が、ますます狂気じみて怖いものになっていく。

「月くん?こちらへおいでなさいっ。貴方のご主人様は、この私ですよ?!」

必死に愛猫に訴えるその姿は、世界の名探偵とは思えないほど情けない。
こんなのを目指しているのか…、と若干失望気味にLを見つめながら、メロは月の首根っこを掴んでようやくひきはがすことに成功した。

「ニア、ちょっとこいつ持ってろ。」
「! 私の月くんになんてことを!?」

メロに首をつかまれ、力なくジタジタと身をくねらせる月を慌ててニアが抱きとめる。
月の柔らかい毛並みを、手のひら全体でニアはうっとりと噛みしめた。
が、すぐに月は暴れ始め、ニアの手から逃れようとし始める。

「月さん、危ないです。暴れないでください。」
「にゃー!にゃー!にゃー!」

ニアは猫の扱いがヘタだった。
まず、抱っこの仕方からなっていない。
だから懐かれないのだが、それを教えてあげる優しい飼い主はここにはいない。

「返しなさい。この子は私のものです。」
「あっ…」

ひょいっと、ニアの手からLが月をすくい取る。
まだ不満そうな顔ではあったが、月は大人しくLに抱かれた。
ニアのつかの間の幸せは終わった。

「月くん、どうしたんですか?どうしてそんなにメロなんかに媚を売るんです?」

脇の下に手を差し込み、抱き上げた月と額を突き合わせ、鼻先にちゅっと音を立ててキスをするL。
どさくさに紛れてイチャつきだすLと月を、恨めしげに見つめるニアと、胡乱気に見つめるメロ。
”なんか”呼ばわりされ不満はあったが、メロはLの疑問を応えるべく、手に持った紙袋をLに差し出した。

「たぶん、月がしつこいのって、これのせいじゃねーの?」
「何ですか、それ?」
「さあ?なんか、やたら軽いし、香ばしい匂いがする。チョコレートじゃねーのは確かだな。」

Lは無類の甘いもの好きである。
チョコレートの1つや2つあるだろうと、同じく甘いものに目がないメロは物色していたのだが、見つけたのはこの謎の紙袋だけ。
家主であるLが解からないものが、メロたちに解かるわけがない。
メロがその紙袋を振ると、Lの腕の中に収まっていた月が、急にそわそわとしだした。
どうやら、メロの読みは当たっているらしい。

「紅茶でしょうか?」

そわそわする月の様子を気にしながら、ニアはメロの持つ紙袋に顔を近づける。
小鼻をひくひくうごめかせ、匂いを嗅ぐ。

「ああ、違いましたね。これなら確かに月さんが夢中になるのも解かります。」

ニアはどうやら匂いだけで紙袋の正体が解かったようだ。
しれっとメロから紙袋を抜き取ると、しゃらしゃらと音を立てて手のひらに紙袋の中身を取り出した。

「んにゃおー!」
「ぃだっ!ら、月くん?!」

月は、Lの腕を蹴りあげ、ついでに顔を踏みつけて、ニアの胸に飛び込んだ。
そんな仕打ちを受けたことがなかったLは、膝をついて崩れ折れる。
反対に、月自ら飛び込んできてくれることなど、今まで一度としてなかったので、ニアは歓喜に打ち震えている。
そして、更に月はニアを喜ばせる行動をする。
ニアの手のひらを、ザラザラと舌を擦り付けるようにして舐めだしたのだ。
その様を見て、視線でニアを焼き殺さんばかりに嫉妬の炎を燃やすL。
初めての感触に、涙まで浮かべて喜ぶニア。
そんなオーバーリアクションの2人を、メロは若干引き気味に遠巻きで見詰め続けた。
この中で唯一冷静な人間と云っていいだろう。
必死にニアの手を嘗めまくる月を視界に入れ、素直な感想を述べる。

「まるでバター犬だ、――んがっ!?」
月くんに卑猥なこと云わないでください。

率直故に思慮の足りないメロは、Lの力強いローキックにより宙を舞った。
普段より強力なその蹴りは、月が腕の中にいるためにニアにぶつけられない怒りが十二分に込められていた。
完全な八つ当たりである。

「ら、月さん。くすぐったいですよ。おかわりですか?仕方ないですね…」

外野のことなど毛ほども気にしないニアは、手のひらを嘗めつくした月に、満面の笑みを称えて、月の希望に応えるべく再び紙袋を傾ける。
状況はよく解からないが、このままではいられないと、Lは慌ててニアに向き直った。

「ニア!速やかにそれを返しなさい!ウチにあった物です!窃盗罪で訴えますよ?!」
「L、私は何も盗っていませんよ?」

確かに、ニアは何も盗っていない。
それとも月さんを訴えます?と厭味ったらしい笑みで、Lを挑発するニア。
尊敬して目標としているはずなのに、普段月に関しては煮え湯を飲まされているので、ここぞとばかりに仕返ししているようだ。

「だいたい、これが何なのか解からないということは、Lのモノではないということではないですか?
 これの正体が解かるのであれば、素直に差し出しますけど?」
「そ、それは……」

云い返せない……
継ぎ足された紙袋の中身に、再び夢中で食らいつく月の愛らしい姿に身もだえしつつ、Lは必死に考えた。

――ニアの持つ、紙袋の中身は一体何なのか?

キッチン周りの管理は、基本的に助手役のワタリに一任している。
ということはおそらく、ワタリの持ち物なのだ。
ワタリが使うもので、月が好むもの?
フワフワと風に飛ばされそうなほど軽く、匂いはどことなく香ばしい、茶色い物体。
木の削りカスに似ているそれの正体は一体、何なのだ?!
猫が夢中になる、木……
ふと、閃いた答え。

「解かりましたよ!それは、またたびの木ですね?」

猫が好む、木の削りカス。その2つの連想から導き出した答え。間違いない!
さあ、どうだ?!とばかりにしたり顔でニアを睨みつけるL。
普段表情に乏しいくせに、その時ニアは完全にLを見下した目をして鼻を鳴らしながらニヤリと笑った。

全然違います。
 やれやれ、世界の名探偵たるLがこんなものとは、情けないですね……」
「…っ……!」

結構自信があっただけに、Lが受けた屈辱は大きい。
ぎりりと奥歯が軋むほど噛みしめ、目線は愛猫から離さないままニアの持つ紙袋を指差しながらLは云い放つ。

「じゃあ何なんですか?!その魔法のようなそれの正体は?!
 もう、それが誰のものでも何であろうと構いません!私にもやらせてください!
 私は、月くんに舐めまわされたいんです!!


変態だ…、と更に一歩引いたメロ。
これ以上、自分の尊敬するLの醜態は見たくない。
誰か助けてくれ!とばかりに周囲に視線を走らせる。

と。

「んにゃおん!!」

ニアの手のひらの上のモノに夢中だった月が、突然声を張り上げて走り出した。
何事かと、誰もが月の走り去った先を視線で追いかける。
そこには、黒い上品なスーツを着た、柔和な笑みを浮かべる初老の男が立っていた。
ワタリである。

「おやおや、月さん。いけませんね、あんなにオヤツを食べてしまって。」
「ゴロゴロゴロゴロ……」
「まあでも、月さんが悪いわけではないので、特別に許してあげましょう。」

靴にかじりつかんばかりにじゃれつき、甘えまくる月の背を、優しい手つきで撫でるワタリ。
そして、優しい口調のまま、そこに茫然と立ち尽くす3人にきっぱりと云い放った。

「そういうことなので、悪いことをしたそちらの3人は、本日オヤツ抜きです。
「「「!!?」」」
「月さん。さあ、あちらの日当たりの良い部屋で遊びましょうね?」
「にゃーん♪」

ワタリの足に絡みつくようにして、月は3人を振り返ることもなく、キッチンを後にした。
残された3人の絶望は深い。

茶色いフワフワとした謎の物体は、鰹節です。
ワタリが日本から猫用の削り節を取り寄せて、おやつとしてあげており、それを発見されてしまったというお話。
猫はごはんをくれる人に一番懐くのです。
自分の世話も碌にできないLより、身の回りの世話からなにまでやってくれるワタリに猫月が懐くのは自然の摂理。

ニアは体温が低いので、あまり月に好かれていません。
触りた過ぎて我慢できず、月を追いかけまわすので、更に嫌われてしまいます。
メロは逆に、血気盛んで体温も高いので月に気に入られます。
猫より犬の方が好きなので、あまり月を構いませんが、それが逆に月にはちょうど良いので、格好の遊び相手に。

私だけが楽しい、猫好きの名探偵第2段です。

...20161014
×おしまい