ミサとレム
ジェラスが命を張って助けた少女に、そのノートを届けた。
拾ったのは私なので、少女に憑くのも私ということになる。
しかし、それは覚悟の上。
持ち主が死ぬか、ノートの行く末を見届けるのが、人間にノートを持たせた死神の義務。
それが嫌なら、ノートを死神大王に返せばよかったのだ。
しかし私はノートを渡した。
むしろ望んで、行動したともいえる。

別に、ジェラスの恋を応援していたわけではない。
人間が特別好きだったわけでもない。
人間は寿命を頂くだけの存在。
それ以上でも以下でもなかった。
それでも、私はミサのことをほうっておけないほど、気に掛けていた。

ミサと過ごすようになってから、それはより顕著になっていった。

「ねえ、レムは女の子なんだよね?」
『…まあ、メスだな。』
「じゃあさ、おしゃれしたいとかって思わないの?」
『必要がない。』

死神は繁殖しないので、着飾る必要はない。
まあ、死神界にも変な奴はいて、やたらめかし込んでいる奴もいるにはいるが。

「違うよー。確かに、男の子に可愛いって思われたいのもあるけど。
 女の子のおしゃれは、一種の楽しみでもあるんだよ?」
『楽しみ?』

変なことを云う娘だ。
それは出逢った時から感じていたことだった。
不思議なことを平気で云う。

「折角人間界に来たんだから、可愛いお洋服とか着てみない?」

遠い昔から、人間界と死神界は係わりあっていたが。
死神相手にこんなこと云ったのは、絶対にミサだけだと思う。

『いや、遠慮する。だいたい、他の人間には見えないんだから、服だけ浮いていることになるだろう。』
「そっか。それじゃあ、一緒にお買い物できないね…」

可愛いの選んであげようと思ったのにと、心底残念そうな顔をする。
何故、死神の私相手にそんなことを思えるのか、本当に不思議で仕方ない。
この身体に合う服が、人間界にあるとも思えないのに。

「じゃあじゃあ、お化粧しようよ!」
『け、化粧?』
「そう!レムはお肌白いし、色々できると思うんだ。あは、ミサがお化粧したげる~。」
『ま、待て、ミサ…』
「ファンデ…は変か。じゃあ、アイライナーとリップと、あとはえ~い、チークも付けちゃえ。」

ガサゴソとドレッサーを漁り、道具を揃え始めるミサ。
本気でやる気なのだろうか。
いや、本気だろう。
ミサはやると云ったらやる娘だ。
キラに会うために、友人を騙してビデオテープを用意したり、東京に引っ越したりした行動力を嘗めてはいけない。

『落ち着け、ミサ。私はそんなこと望んでいない。』
「でもミサは望んでるの。だって、面白そうじゃん!」
『私はちっとも面白くない!』
「えー…。ダメなの?」

私の目をじっと見つめ、懇願してきた。

「…………」
『…………』
「……ちょっとだけ、ね?」
『断る。』
「誰も見てないんだし、いいじゃん!ケチ。」
『…………』
「どうしてもダメなの?1回だけでいいから、ねえ?レム~。」
『…………本当に1回だけか?』
「うん!1回だけ1回だけ!」
『……仕方ないな。本当に少しだけだぞ?』
「やったー!」

結局、根負けしたのは私だった。
こんなに楽しそうなミサを止めることなど、できるわけがない。
今はこんなに明るく振舞っているが、出逢ったばかりの頃は、まだ目の奥に何か暗いものが宿っていた。
それは目の前で両親が殺されたことでもあるし、ストーカーに狙われたこともあるのだろう。

私が憑いてから泣いている姿は見ていないが、寝言で両親を呼んでいたことがあった。
今でもその心の傷は、ミサの中に深く残っているのだろう。

ミサが楽しいのであれば、私はできるだけ手を貸してあげたい。
だからキラに会いに行くと云った時、私は止めなかった。
今はキラに会うことだけが、ミサの原動力になっていると解かっていたから。

「レムの右目ってさ、見えないの?」

観念して大人しく化粧されていると、ミサがそっと包帯に隠された私の右目に触れてきた。
こんなに顔を近づけたのは初めてかもしれない。

『見えないわけではない。ただ、不便だから塞いでいるだけだ。』
「不便?塞いでる方が不便でない?」
『色彩が反転して見えるんだ。多少視力も左より劣る。』
「そうなんだ。それは確かに不便かも。」
『……ミサは、死神の目を持って、不便に感じたことはないか?』
「全然。キラのお役に立てると思うと、世界が輝いて見えるよ。
 遠くまでよーっく見えるしね。」

死神の目を持った人間は、元の視力に拘らず、人間界でいう3.6以上の視力になる。
元々視力はいいようだが、そう云ってもらえたことで、少しだけ安心した。

「リップはどうする?奇麗な紫色だから、そのままでもいいけど。思い切って赤とかやってみる?」
『私がそれを塗ったら、きっとヒトを喰ったように見えるんだろうな。』
「あはは!ホントだ。レムって死神だもんね、余計におっかなくなれるよ。」
『別に、死神は怖ければ怖いほど良いというわけではない。』
「そうなの?意外~。」

睫ないから付け睫する?リボンも巻こうよ!と訊かれたが、それは丁重に断った。
ミサも強制させるつもりはなかったようで、大人しく引き下がった。
”少しだけ”という約束を、素直に守っているようだ。

「――で~きた!」

数分後、どうやら満足できたらしいミサの歓声が上がった。

「鏡見てみて!結構可愛くなったよ?」

ウキウキとミラーの前に私を薦めるミサが、ニシシと可愛くない笑い声を立てる。
あまり期待せずに鏡を覗き込むと、なんとも間抜けな顔をした自分がそこには映し出された。

『………ミサ…』
「ね?ね?可愛くできたでしょ?ちょっと笑っちゃうけど!」

笑っちゃうならやらないで欲しかった。

「あ、せっかくだから、ミサのケータイの待ち受けにしてあげる!」
『な、なに…』
「見られても困らないように、あんまり使ってないケータイにしよう。
 ――んーっと、これかな。」

メタリックデザインの、女の子の人形のストラップが下がったケータイとやらを構えるミサ。

『私は他の人間には見えないんだぞ?』
「解かってるよ。ミサと2ショットで撮ろう?それなら問題ないでしょ?」

確かに問題はないように思えるが。
いやもしかしたら、ピンクの頬紅と目の輪郭を書いた赤い線、それに唇の形をした紅だけが写りこむのではないだろうか?
はっきり云って、心霊写真より怖いものになると思う。

「はい、スマイリー!」

忠告する暇もなく、結局写真を撮られてしまった。
私は知らないぞ。
誰かに見られて、変な目で見られるのはどうせミサだ。

満足そうにケータイの弄るミサに、非難がましい視線を送っていると、ふいにミサの笑い声が止んだ。
どうしたのだろうと、ミサを覗き込む。

『どうした、ミサ?」
「ん…、ママにも、こうやってお化粧してあげて、写真一緒に撮ったことあったなぁ…って。
 なんか、懐かしくなっちゃった…」
『…………』

悲しそうな顔ではないが、楽しそうな顔でもない。

何と声を掛ければいいのか、死神の私には解からなかった。
だって、死神には家族が初めからいない。
ひとりぼっちになったミサの悲しみなど、到底思いつきもしなかった。

それでも、何とか笑ってもらいたい。
ミサには常に笑顔でいてもらいたいから。

『ミサ。人間のことはよく解からないが…。
 その、……一緒に、お前の買い物に付き合うことはできるぞ?』
「……レム…」

笑顔を取り戻したい一心で云った言葉が、正しかったのかどうかは解からない。

「ありがと、レム。」

それでも、ミサの顔には再び笑みが戻っていた。

この娘には幸せになってほしい。
私は、少しでもその手助けができるだろうか。
この娘の笑顔を守りたい。
たとえ、この身が滅ぶことになろうとも。

それが、今の私の唯一の願いだった。
レムたんはママなの!
レムたんはミサミサの第二のママなの!
大好き!レムたんv

レムたんのお化粧顔待ち受けのケータイは、後に月に渡されてしまうのさ(笑)

...20051031
×おしまい