目を凝らさなきゃ解からないくらい、ほんのりまったりL月です。
「何コレ?」って自分で思ったくらい、何コレな話です。

あまり期待をせずに軽い気持ちで、どうぞ。   
  
豆腐戦争
今日の朝食、エクレア(10個)とシュークリーム(15個)とコーヒーを2杯。
今日の昼食、ベイクドチーズケーキ(1/6カット)とラ・フランス(1つ)とミルクティー1杯。
今日の夕食、ホットケーキ(5段重ね)とイチゴ大福(2個)とレモンティー2杯。
その他、おやつやら間食やらでチョコレートとビスケットを多量。

誰が見ても、栄養不足は明らかだった。

「竜崎!」
「何ですか、月くん?突然叫ぶなんて、松田になっちゃいますよ?」
「なるか!」

松田イコール何なのか、あえて触れずに月はこめかみをぴくぴくとうごめかして竜崎を睨んだ。

手錠で繋がれて数日が経ったが、月にはどうしても我慢できないことがあった。
それは、竜崎の食生活である。
とにかく竜崎は甘いモノしか食べない。
時々思い出したかのようにフルーツも食べるが、それだけである。
人間が生きていくのに必要とする5大栄養素を、まったくといっていいほど無視しているのだ。

「お前死ぬぞ!絶対に!」
「自白ですか?」
「キラにじゃない!お前の不摂生でだ!」

いきり立つ月を、竜崎はただぱちぱちと瞬きを繰り返しながら見つめた。
そんな態度も、月にとっては忌々しいばかりだ。

「甘いモノを食べるなとは云わない。でも、もう少し普通の食事をしてもいいんじゃないのか?」
「自分の常識がすべて正しいとは限りませんよ。私にとって、アレこそ”普通の食事”なのです。」
「そんな屁理屈に騙されるか!」

騙しているつもりはないのだが…
突然すぎる月の説教をどのように交わそうか、竜崎は困ったように眉間にしわを寄せ、カップのコーヒーを啜りながら考えた。
その間にも、月による健康レクチャーは続けられる。

「いかなる文化であっても、食によるバランスの保たれた栄養摂取は共通している。
 それは、人間が生きる上で無意識に不足栄養素を求めているからだ。
 それにより、誰に教えられなくても、きちんと5大栄養素の揃った食文化がつくられる。」
「私だって、なにも砂糖だけで生きているわけではありません。
 確かにテイストは砂糖によるものが多いですが、食材は月くんの云う”普通”のものなんです。
 人間が生きていける最低限分の5大栄養素も含まれていますよ。」
「だが、”健康に”生きていける分ではないだろう?」
「特に健康は求めていません。そんなものなくても、私は今まで一般以上の生活をできています。」
「そんなだから君は、あんな変な格好でないと推理力が下がるんだ。」
「…それはあまり関係ないと思いますが。」
「とにかく!」

びし!と月は竜崎の鼻先を指差して、宣言した。

「僕と生活を共にしている間は、きちんとした食生活をおくってもらう!」

面倒なことになった。
どうしてかやる気満々の月を前に、竜崎は小さくため息を吐くしかなかった。


「L、知っているか?
 日本は世界で一番の長寿国であるということを。」

次の日の朝のことである。
例のごとく、朝食はアップルパイ(1/6カット)でも食べようとワタリに連絡を入れた。
届けられた朝食を、月と一緒に食卓に並べ席についた途端に、月による変な講釈は始まってしまったのだった。

「…まあ、知識としては知っていますよ。なかでも、南方のとある島国が優れているようですね。」
「その通りだ。」

何故かイキイキとしている月を前にしてしまっては、勝手に食事に手を出すことができず、お預けをくらっている。
せっかく焼きたてのアップルパイなのに。
パリパリの皮はどんどんしおれ、熱々とろとろのシナモンカスタードソースは冷めていく。
こんなに美味しそうなのに。
冷やすでなく、ぬるくしてしまっては、焼きたてアップルパイに忍びないというものだ。

早く終わらないかと退屈しながら、竜崎は砂糖をたくさん溶かしこんだオレンジペコを啜った。

「では、何故だか解かるかい?」
「何がですか?」
「日本が長寿国な理由さ。」
「平和だからでしょう。日本は戦争をしていませんからね。
 しかしこの度のキラ事件により、もしかしたらお年寄りのショック死が多発しているかもしれません。
 日本の長寿世界一も危ういですね。」
「…そうかもしれないが、そうじゃない。
 ――日本が長寿な理由は、その食文化にある。」

…また、”食”か。
いや、予想はしていた。
昨日の今日だ。
それに、先程から目の端で捕らえている見慣れない食べ物が、ずっと気になっていたのだ。

竜崎は甘味三昧の食生活だが、月には極々一般的な食事(月希望の品)を用意していた。
だからもしかしたら、この見慣れない食べ物も月が食べるために用意されたのかもしれないと、淡い期待を抱いていたのだ。
ただ、それにしては2つ用意されてあるので、不自然に思っていた。
自然に考えるならば、ひとつは月の分、そして残りが竜崎の分と考えるのが妥当である。
その考えを頭の中から締め出しながら、竜崎は淡い期待論を無理やり信じることにした。

「竜崎はプリン、好きだろう?」
「まあ、嫌いではありません。」
「なら大丈夫だ。さあ、食べてみよう!」

竜崎の淡い期待論など、なんのその。
さも当然のようにその食べ物を手にした月は、優しい笑顔で竜崎に”それ”を差し出した。

「僕も鬼じゃない、最初から無理は云わないよ。何事もリハビリが必要だろう?」

その気遣いは嬉しいが、普通の食事をさせるということ自体が既に、竜崎にとっては”無理”な話だ。
できれば諦めてくれないだろうかと思案しつつ、とりあえず訊いておこうと竜崎はその食べ物を摘み上げたフォークで指し示した。

「何ですか、それ?」
「豆腐だよ。」

月の云う通り、それは涼しげなガラスの皿に載せられた、艶やかな絹ごし豆腐である。
ご丁寧に、豆腐と相性の良い、ネギとショウガも添えてあった。

「それは知っています。そうではなく、私が訊きたいのは、
 どうしておよそ100mlほどのトーフを、私に食べさせようとしているのですか?」
「良い質問だ。」

にっこりと、月は満足げに笑った。

「豆腐の原料は、大豆。――僕は大豆ほど万能な食べ物はないと思っている。
 そもそも、大豆とは……」

ここから長い講釈が続くのだが(10分ほど)、要約すると、日本の長寿の秘訣こそ大豆にある、と月は云いたいらしい。
だから毎食、竜崎が大豆を摂取することで、素晴らしい影響が出てくるだろうというのだ。

「じゃあ竜崎、毎日1丁ずつから始めようか?」
「…………」

勘弁してくれ。
とうとう我慢ならず、竜崎はすっかり熱の抜けたアップルパイに、ざっくりとフォークを突き刺した。
大口でアップルパイをばくばく頬張ると、心持ちしんなりしてしまったパイ生地が口の中に張り付いた。
それにもめげず、もぐもぐ咀嚼。
仕上げにずず、ずびーとオレンジペコを飲み干し、ぷはーっと息を思いっきり吐いた。

濡れた口元を袖で拭って、竜崎は隣に座る月を真正面から睨みすえた。

「お断りさせていただきます。」
「なっ…」
「私は別に、長生きしたいわけではありません。もちろん早死にもご免です。
 しかし、好きなモノを自由に食べられないというのであれば、後悔なく私は早死にを選びます。」

アップルパイの敵のつもりでキッパリと云ってやった。
月はというと、竜崎の剣幕に吃驚したようだったが、しばらくして少し淋しげにそっか…と残念そうに肩を落とし、おとなしく引いた。
…かに見えた。が、

「……でも、僕は諦めない。」

顔を上げた月は、にっこりと力強く笑った。

嗚呼、そうだった。
彼はとてもとても負けず嫌いなヒトでした。
だからこうして彼は、手錠で繋がれる羽目にあっているのである。

その日から毎日、竜崎の食卓には豆腐が並べられることとなった。
しかし竜崎は、どんなに「食べてみない?」と優しく諭されても、頑として手をつけなかった。
月も諦めない。
来る日も来る日も豆腐を竜崎に食べさせようと頑張った。
それでも竜崎は豆腐を決して食べようとしない。
彼もまた、負けず嫌いなのであった。


月の『豆腐を食べさせよう作戦』が開始して、一ヶ月が経った。
相変わらず竜崎は、豆腐を食べなかった。

「――じゃあ、一口でいい。一口ずつから始めよう?」
「一口で終わり、なら、考えなくもないですよ?」
「…………」
「…………」

引きつった空気が、捜査本部を包む。
昼食の時間のことだった。

「竜崎…。豆腐のどこががそんなに嫌なんだ?」
「甘くないところが嫌です。」
「そんなことはない。砂糖のそれとは違うけど、大豆の甘さが十分感じられるはずだよ。」

ほら、と器用に箸で抓み上げた豆腐を、竜崎の前に差し出す月。

「はい、あーん?」
「…………」

ぷいっ。
差し出された豆腐から目を逸らし、竜崎は月に背を向けた。
世界一の名探偵は、世界一の頑固者であった。

いつもはそれで月が諦めて終わるのだが、その日はそれでは終わらなかった。
竜崎が背を向けた時、鎖がイスの端に引っ掛かってしまったのだ。

「あっ…」

声を上げたのは竜崎だったか、月だったか。はたまた捜査本部の誰かだったか。
引っ掛かった鎖は、月に繋がっている。
不意に引っ張られることで月はバランスを崩し、つるつるの絹ごし豆腐は、無残にも下にべしゃりと落ちてしまったのだった。

「…………」

本部に沈黙が流れる。
背を向けている竜崎も、さすがにヤバイことをしてしまったと恐る恐る月を振り返った。

「あ、あの…、月く」
「竜崎の莫迦ァー!!」

キレた月は、とんでもない行動を起こした。

「お前なんか、豆腐の角で頭打って死んじゃえ―――っ!!」

月はなんと、用意した豆腐を鷲掴みにし、竜崎の顔に思いっきり投げつけたのだった。
もちろん、『豆腐の角に…』うんぬんは地方色が強い喧嘩言葉の一つである。
顔面に豆腐を受けたからといって、痛くも痒くもなければ、角に当たって死ぬこともない。
だからといって、めちゃりと崩れ去った豆腐がへばりつく感触は、決して気持ちの良いものではない。

髪に絡まった豆腐が、竜崎の抱えている膝にぴちゃりっと音を立てて落ちた。

「…一回は、一回ですっ!」

例の座り方のせいで膝に上手い具合に乗っかった豆腐を、竜崎は掬い取って月に両手で投げつけた。
狙い違わず、月は顔面で崩れた豆腐を受け止めることとなった。
月が食らった豆腐が、重力に従い、べちゃりと派手に下に落ちる。
それを合図に、2人のファイトが開始されてしまったのだった。

こうなってしまっては止まらない。
捜査本部の者達は、慣れた様子で周りにある資料やらテーブルやらを片付け始めた。
鎖に繋がれているので、行動範囲や行動パターンが限定されていることが唯一の救いである。
おかげで喧嘩に巻き込まれることなく、手早く2人の喧嘩スペースが完成された。
あとは終わるのを待つだけ。
いつまで続けるのやら、と呆れた体で本部の者達は自分たちの食事に戻った。

ノビノビと喧嘩スペースをゲットした月は、竜崎の懐に潜り込み、ローブローを決めようと一歩踏み出した。
しかし、踏み出した足にぐにゃっとした変な感触を感じ、驚いた月は思わずバランスを崩し、尻餅をついてしまった。
見れば、足には白いモノが纏わりついている。
どうやら、落ちている豆腐を踏んでしまったようだ。
鎖に引っ張られるように月の上に倒れ込んだ竜崎も、それに気付いた。
間近にある月の顔を見つめながら、にやりと笑った。

「おやおや、貴方の信じていた豆腐さまに足を取られてしまったようですね。
 投げつけた罰でしょうか。可哀想に。」
「…………」
「手をお貸ししましょうか?」

嫌味な奴である。
月は首を絞めてやりたい衝動に駆られた。
しかし、豆腐まみれの自分たちの格好を思い至り、なんだか情けなくなり、行動にはしなかった。

「……月くん?」

自分の嫌味な態度に、月が更にキレて殴りかかってくるのではないかと身構えていた竜崎だったが、
いつまでたっても下を向いたまま静かな月に、どこか痛むのか心配になり、倒れたままの月の顔を覗き込んだ。

「月く」
「僕が…」
「え?」
「僕が、君に良かれと思って豆腐を用意したのに…。それなのに、どうして食べてくれないんだ…」
「…………」
「君がいつまでも健康であるようにと、君のことを想って、僕が考えたのに…」

竜崎は初めて、月がそこまで思って毎日豆腐を食べさせようとしていたのだと、ようやく思い至った。
今までは、世話好きな月の、迷惑な親切心くらいとしか考えていなかったのだ。

「月くん。すみません、私が浅はかでした。」

俯く月の顔をそっと両手で包み、顔を上げさせ、目を合わせた。
月の長い睫毛に、さっき投げつけた豆腐の残骸がいまだにこびり付いている。
それを舌で優しく拭い取ってやると、月はくすぐったそうに瞼を震わせた。

「意外に甘いんですね、豆腐って。」
「…そんなんで味なんか解かるか。」
「Lである私なら、可能です。」
「………莫迦…」

くすりと小さく月が笑った。
竜崎も釣り込まれるように笑った。
笑うたびに、2人にこびり付いているしつこい豆腐がふるふると震えた。

本当は湯豆腐突いてて、投げ合いさせようと思ってた。
でも月の顔に当たって火傷したらイヤだったから、安全な冷奴ちゃんに変更。

どうぞ目を凝らして、L月を感じてください。

...20060901
×おしまい