風が吹き、花びらが舞い降りる。
視界いっぱいを桃色に染める原因の根元に、彼は眠っていた。
夢をみている。
夢の中の少年は、自分のことを必死に探している。
「何で僕が…」と悪態を吐きながらも、諦めずに探し続けてくれる。
そんな健気な姿こそが、眠っている彼をいつもワクワクとさせているということに、当の本人は気付いていない。
教える気もない。
だって、楽しみが減ってしまうではないか。
天のほとりで鬼が手招き、人はなお往き
月は部活に入っていない。
帰宅部である。
入学してすぐに行われたスポーツテスト。
月はスポーツ推薦組もビックリなほど完璧な結果を残したおかげで、毎日運動部に追い掛けられた。
その全てを断った月であったが、何故か今、放課後の構内を走り回っている。
とある人物を探すためであった。
「何処行きやがった、あのエセ神様は…」
竜崎が転校してきてから、1週間という月日が流れていた。
相変わらず、竜崎はほとんどの授業を寝て過ごしている。
とうとう今日は、朝のHRが終わりふらりと教室を出て行ったかと思ったら、放課後まで姿を現さなかった。
「そんなに学校が嫌なら、転校なんてしてくんなって話だよ。」
どうせどこかで寝こけているに違いない。
帰りのHR後、ずっと月は竜崎を探しつづけていた。
かれこれ、1時間が経過している。
ぶつぶつと文句を云いながら走っても、息ひとつ乱していない月の足がぴたりと止まった。
真っ赤なツツジが咲き乱れる生垣の向こう側を、目の端で捉えたからだ。
月の見つめるその先で、淡い桃色がふわふわと揺れていた。
ひらりひらり。
花びらが舞い降りる。
その様子を薄目を開けて眺めていた竜崎は、完全に目を閉じてその光景をシャットアウトした。
見ないようにではなく、”視る”ためである。
自分を探している、彼の姿を。
「こんなところに居やがったのか…」
月は、とうとう竜崎を発見した。
サクラの木の下で、ゴツゴツとした根を枕に、のん気な寝息を立てて眠っている。
ひらりひらりと、竜崎の上にサクラの花びらが舞い降りていく。
元々顔色の悪い竜崎は、まるで死んでいるように見えた。
「おい、竜崎!起きろっ!」
ありえない考えを振り払うように、月は大声で竜崎を呼ばわった。
しかし、目を覚まさない。
「おい!」
今度は身体も揺する。
ずっと外で眠っていたのか、触れた竜崎の身体は冷えきっていた。
ますます死体めいて、だんだん不安になってくる。
「竜崎!起きろ!…この、」
まったく目を覚ます様子のない竜崎に、更に不安は募り、月は竜崎の頬を思いっきり引っ叩こうと腕を振り上げた。
そして勢いよく振り下ろす。
「……乱暴ですね、月くん。」
しかしその手は、眠っていたはずの竜崎にぱしっと受け止められたのだった。
「竜崎!おま、寝たフリ…っ!」
「眠り姫の目を覚ますには、優しいキスがお決まりでしょう?まったく、おっかない王子様ですね。」
「ふ、ふざけるなー!」
起きぬけからふざけたことをぬかす竜崎の胸倉を掴んで、月はぶんぶん振り回す。
かくんかくんと人形のように首を揺らしながら、「目が回りますよ~、月く~ん」と竜崎は情けない声を上げた。
まったく反省の色のない竜崎に、呆れた月は振り回していた手を離した。
ゴンという鈍い音を立てて、竜崎の頭が木の根に落ちる。
「たくっ。もう授業終わっちゃったぞ!本当に、何しに学校に来ているんだ、お前は。」
「だから、前に云ったとおりです。月くんと毎日一緒にいるためですよ。」
「だったら転校する必要はないだろう?お隣りに住んでいるんだから。」
「今まで、毎日会っていたわけではないじゃないですか。それに、行ってみたかったんですよ、学校。」
「信じられるか。」
毎日サボっているくせに。
「フフフ…。信じられなくても、そうなんですよ。――さて、一緒に帰りましょうか、月くん?」
「ひとりで帰れ。」
「おや。私を探してくれていたのは、一緒に帰るためではなかったのですか?」
「べ、別にっ。ほっといてもよかったけど、帰りが遅かったらワタリさんが心配するだろ?」
「私のことをそんなに心配してくださって。ありがとうございます。」
「どーいう耳してんだ、お前は!」
月は疲れたように肩を解しながら立ち上がり、竜崎に背を向けた。
その間も、ひらりひらりとサクラの花びらが舞い降りる。
ツツジの生垣まで戻ってきた月だったが、ぴたりと立ち止まった。
「……?」
何かがおかしい。
でも、何がおかしい?
ツツジの赤い花が、月の目に痛いほど鮮やかに映る。
「ら・い・と・くん!」
「うわっ!」
ふいに後ろからきた竜崎に抱きしめられて、深く考え込んでいた月はひどく驚いた。
「どうかしましたか?」
「竜崎…」
首だけで振り向くと、すぐ近くに竜崎の顔があった。
そのおかげで、目元を深く隠している竜崎の前髪に、サクラの花びらが絡まっていることに気付く。
「前髪に、」
サクラの花びらが付いているぞ、と教えようとした月はハッとした。
「サクラ!何で、この時期にサクラが咲いているんだ?!」
足元に咲くツツジの花に目を向ける。
もう5月になろうとしている今の時期は、ツツジが見頃となる。
花は、ヒトに観てもらうためなのか、咲く時期が順番に訪れる。
ツツジが赤く色付く頃に、サクラが満開なのはおかしいのだ。
「何を云っているんですか、月くん?」
「何って、サクラが…!」
「サクラ?」
竜崎の腕を解き、後ろを振り返る。
そこには、ゆらゆらと花びらを舞い降らしているサクラの木が――――なかった。
いや、サクラの木はある。
ただ、ゆらゆらと揺れているのは桃色の花びらではなく、緑色の葉っぱであった。
「…え?」
「夢でも見たんですか?」
サクラの時期は過ぎましたよ、とさも当然のようにのたまう竜崎に、釈然としない月は目を擦ってもう一度サクラの木を見る。
しかしそこには、やっぱり緑の葉を揺らすサクラの木しかない。
「でも、確かにさっき…!」
「――花は、」
「え?」
「花は、咲いてこそ輝く。自分が美しいのは、花を咲かしている時だと知っているんですよ。」
花?輝く?知っている?
…何が、云いたいのだろうか。
ゆっくりと詠うように語る竜崎を、呆然と見つめる。
そんな月に、竜崎はにっこりと笑いかけた。
「さあ、帰りましょう。」
ぽんと背中を押され、促される。
何かうまくうやむやにされたような気がしたが、月はしぶしぶと歩みを進めた。
首を傾げながら、自分と竜崎のカバンが残されている教室へと向かう。
その後姿を確かめながら、竜崎は立ち止まって、掴んでいたモノを解放した。
ちょうど一陣、吹いた風がそれを拾い上げ、小さな桃色を舞い上げる。
それは、サクラの花びらであった。
「――油断、しました…。気を遣わせてしまって、スミマセン。」
サクラの木に向かって、ぺこりと頭を下げる。
風も吹いていないのに、返事のようにサクラの枝がさわさわと揺れた。
すべては、神の気分次第。
神が愛せば、皆はそれを感じ取り、歓びを全身で伝える。
例えば、ヒトは温かく彼を迎え、花は咲き、鳥は唄う。
空は晴れ、水は安らぎの音色を奏でる。
逆に、神が怒れば、地は割れ、空は雷(いかずち)を鳴らす。
生き物は恐れ、悲しみ、苦しむ。
あるいは、――死んでしまうこともあるのだ。
神の感情は、”自然”を”不自然”に変えてしまう。
だから、神は常に”無”でなければならないのだ。
竜崎とて、それは重々承知している。
気付いたときには、既にサクラが咲いていた。
しまった…と思ったのは一瞬。
しかし次の瞬間には、素晴らしい光景にもう少し浸っていたくなり、ふわふわ揺れる桃色に大人しく抱かれた。
目を瞑り、自分を探してくれる健気な彼の姿を堪能した。
すると、サクラはますます美しく花開き、花びらはひらひらと舞い降りた。
竜崎は浮かれていたのだ。
季節でもないサクラが咲いてしまうほどに、喜びの”感情”を剥き出しにした。
「神である自覚が、最近薄れている…。いけないな…」
原因は明らか。
解かってはいる、解かっているのだ。
だが、竜崎は月をとても気に入っていた。
彼と過ごす日々は、とても楽しい。
この感情は、なかなか手放せるものではない。
ならば、もう少ししっかりと、自重しなければ…
「竜崎ー!早く、帰るぞ!」
「待ってください、月くん。今行きますよ!」
付いてきていない竜崎に気付き、月が振り返って大きな声で呼ばわった。
同じように大きな声を返しながら、竜崎は先ほどサクラの花びらを掴んでいた自分の手のひらを見つめた。
その手に体温はない。
神である竜崎に、生きるための常温など必要ないからだ。
常に自然体。
自然の温度が、彼の温度だった。
しかし、その手は人間の温かさを知っている。
先ほど掴んだ月の手のぬくもりを思い出して、ぎゅっと自分の手を握った。
「月くん…」
着実に”夜神月”が竜崎に根をおろしている、それが前兆であった。
『お隣さんは神様』シリーズ、第四弾。
なんか、竜崎さん的に恋だと気付いてないようです。
神様は恋をしたことないですからね。
次辺り、ニアとメロを出したいなぁ…
...20060512
×おしまい
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