「お茶でも飲んでいきませんか?」
そいつは、いつもの口調で僕を誘い出した。
塾へ行く途中だった僕は、少し考えてから、いいよと云って奴の後ろを付いていった。
付いていくといっても、お隣さんである。
「どうせ、お茶を入れるのは、お前じゃなくてワタリさんだろう?」
「私が淹れたお茶をご所望で?」
「まさか。僕はまだ、死にたくない。」
一切合財不器用なこの相手の淹れたお茶など、口にしたが最期、奇麗なお花畑が待っていることだろう。
まだ高校生という若い身空で、それは御免被りたいのであった。
ライトアップの裏にある影は依然黙す
夜神月のお隣さんには、神様が住んでいる。
正確には、自称 神様が。
しかしそれを知っているのは、月だけであった。
どうしてかといえば、お隣さんは極端に人付き合いが苦手で、ご近所さんでも、どんな人間が住んでいるかも知らないほどである。
お隣さんである夜神家も、例に漏れず、お隣さんの実態をよく知らないでいた。
それでも特に問題はなかった。
その家の主人は謎が多かったが、同居している上品なご老人はとてもいいヒトだったからである。
月が5歳になったとき、夜神家はその地に引っ越してきた。
のほほん性質の母親と少し心配性の父親。
可愛い妹も産まれ、たくさんの愛情を受けながら、月はとても素直にすくすくと育っていった。
「こんにちは。どうしたんですか?」
月が10歳になったとき、そんな風に声を掛けてきたのがきっかけであった。
自宅の門に寄りかかって、小さくため息を吐いていたときである。
「君、だれ?」
月に声を掛けてきたのは、少し年上かそれとも同じ歳かという、黒髪の目つきのあまりよろしくない少年であった。
寝ていないのか、目の下にはくっきりとしたくまができている。
「私は、隣に住む竜崎というものです。」
「お隣さん?」
「はい。」
そう云われても、月にはお隣にはご老人が住んでいるらしいとのことしか知らない。
自分と同じ年頃の子供がいるなんて、思ってもみなかった。
「どうして、ずっと此処に佇んでいるんですか?」
「…見てたの?」
「ええ。」
お隣ですから、と云って竜崎は人差し指を咥えながら首をかしげた。
「今日は塾の日でしょう?」
「何で知ってるの?」
お隣だから、と答えていれば、さすがに月は警戒をしたのだが、竜崎は月の持つカバンを指差したので納得した。
そのカバンは、塾から支給された塾の名称の入ったもので。
普段はとても恥ずかしくて使えないような、派手なデザインをしていた。
「…行きたくないんだ。」
「何故?」
「学校のお友達と、遊べないから。」
「なら、行かなければいいじゃないですか。」
「ダメだよ。だって、母さんが怒るもん。」
遊ぼうよ、塾があるから…、そっか、と日々繰り返されていた会話は、最近ではついぞなくなっていた。
仲間はずれではないけれど、それが淋しかった。
「だったら、塾に行けばいいじゃないですか。」
「だから、行きたくないんだよ!」
それはヤツ当たり。
いい迷惑だろうが、竜崎は嫌な顔ひとつせず、それじゃあと云って手を差し伸べた。
「ウチで、お茶でもしませんか?」
「は?」
「もう3時は過ぎてしまいましたが、まあいいでしょう。ウチでおやつを一緒に食べましょう。」
月は大きな目をぱちくりと瞬き、差し出された手を凝視した。
「でも、母さんが…」
「なあに、貴方は悪くありません。私が無理にお誘いした、と貴方のお母様にはお話します。」
「ホント?」
「ええ。だから」
一緒に、お茶にしましょう?
「うん!」
元気よく返事をして、月は竜崎の手をとった。
それが、竜崎との出会い。
「竜崎は、学校に行ってないの?」
隣に同じ年頃の子がいる気配がなかったのは、学校へいく姿を見ていないからだと思い至ったのだ。
すると竜崎は、あるかなきかの微かな笑みを浮かべ、人差し指を一本立て、口の前に添えた。
「本当は内緒なんですが、特別に月くんには教えてあげます。」
「内緒?」
名乗っていなかったのに、どうして自分の名前を知っているのかという疑問もあったが、
竜崎のいう”内緒”の話が魅力的で、そのとき月はあまり気にしなかった。
「誰にも、云ってはいけませんよ?」
「解かった、秘密にする。」
そのことに満足そうに頷いた竜崎は、月の耳に口を寄せた。
「私、実は神様なんです。」
だから、学校には行かなくていいんです、と竜崎は教えてくれた。
対する月は、かみさま?と首を傾げて竜崎を見つめた。
大きな目と目がかちりと合う。
「竜崎は、神様なの?」
「はい。」
「神様って、本当にいるの?」
「貴方の目の前に。」
まさか、子どもだと思ってと、現在の月なら鼻で笑ったことだろう。
しかし生憎その時は素直で可愛い子どもだったので、
「すごーい!」
月はすっかり感動した。
それからずるずると腐れ縁は続き、現在に至る。
相変わらず学校に行っていない竜崎に、時々というか、見つけられ次第声を掛けられお茶に誘われる。
竜崎が学校に行こうが行くまいが、今では月はまったく気にならなくなっていた。
「相変わらずきたない部屋だな。」
「少し散らかっているだけです。」
何ヶ国語で書いてあるのか、多種多量の資料が竜崎の部屋にはいつも散らばっている。
正確には、目を通したものはもう用は済んだとばかりに竜崎が散らかしているのだった。
「あまりワタリさんに負担をかけるんじゃないぞ?」
「つい、クセで。片付けは苦手なんですよ。」
月に見られても困ることはないのか、ぽつぽつと資料を片付け始めた月に竜崎は申し訳なさそうに笑った。
まあ、見ても何語で書いてあるのか、月には読めないのだが。
ソファの周りの片付け(座るところの確保)が済むと、タイミングを見計らったようにワタリが部屋に入ってきた。
「いらっしゃいませ、夜神様。」
「こんにちは。また、お邪魔してます。」
「いえいえ。どうぞ、ごゆっくりしていってください。」
部屋の中を、香ばしい焼き菓子と熱い湯気のたつ紅茶の香りが充満した。
この香りは、ローズティーだ。
何度も足を運んでいるうちに、ワタリは月の好みをすっかり把握したようで、持ってきた焼き菓子は2種類あった。
1つは甘さ控えめ、月用である。
もう1つは、これで本当においしいのかと疑いたくなるほど砂糖が練りこんである甘いもの、竜崎用であった。
お茶とお菓子を置くと、ワタリはにこにこと微笑みながら退室していった。
初めて会ったときからずっとそうであるように。
「今日は塾の日ではありませんでしたか?」
「知ってて誘ったの?」
まったく、ヒトが悪い。
「今さっき、思い出したんですよ。誘ったときは忘れてました。」
「どうだか。」
子どもの時は駄々を捏ねるほど嫌だった塾だが、今は楽しく…とは行かないまでも、嫌がらず通っている。
あの後、竜崎と色々と話した月は、きっぱりと母親に塾は嫌だと云った。
すると意外とあっさりと、母親は塾をやめさせてくれたのだった。
すごいや竜崎、さすが神様だな、なんて可愛いことを思ったあの頃の自分が懐かしい。
今でも時たま、竜崎の神様発言はあった。
しかし、月はまったく信じてはいない。
それは、どうみても同じ人間であるし、だいたいにして、神様なんて存在するわけがないのだ。
「そうそう、そういえば…」
「何?」
昔のことをしみじみと思い出しながらお茶を飲んでいると、竜崎がぽんとわざとらしい仕草で手に拳を当てた。
自分用の焼き菓子を摘みながら、竜崎は何でもないことのように云った。
「明日から、貴方と同じ高校に通えることになりました。」
「は、い?」
「クラスも同じです。よろしくお願いしますね。」
月は1年生である。
ついこの間新入生挨拶を済ませたばかりだ。
「転校するんだ?」
「そうですね、転校…と云うんですかね?何しろ、学校へ行くなんて、初めての経験ですから。」
学校へ行く必要がありませんでしたから、と嫌味なのかそうではないのかを吐きながら、相変わらず焼き菓子を食っている。
確かに、こんなに何カ国もの言葉を知っているのだから、博学なのだろうが。
そんなことを、先程片付けたばかりの資料をちらりと見ながら、月は思った。
「何で学校行く気になったの?…神様なのに?」
ほんの戯れのように質問した月に、竜崎は楽しそうに答えた。
「神様は気まぐれなんです。」
学校に通う神様。
とんだお笑い話だな、なんて思いながら、明日からの学校生活を思い浮かべた。
「まあ、よろしく。」
「はい、よろしくお願いします。つきましては、一緒に学校に行きましょうね。」
「やだなぁ。」
「そう云わずに。」
「だって、竜崎のお守りって大変そう…」
そんなことを云いつつも、自分の顔が笑っていることに月は気付いていた。
竜崎もそれに気付いているから、ニコニコと嬉しそうに笑った。
『お隣さんは神様』シリーズ。
もちろん、L月にしていきます。
ネタばらしっていうか、Lは本当に神様なのです。
これから書いていければと思ってます。
...20060405
×おしまい
『お隣さんは神様』シリーズ↓(書いた順)